情報センサー

英国における脱税促進行為防止懈怠(けたい)に関する企業の刑事責任を定める法規制について


情報センサー2018年4月号  JBS


ロンドン駐在員 公認会計士 重松 良平

2005年、当法人に入所。商社や製造業を中心とした上場企業および外資系企業の会計監査を中心とし、新基準の導入や内部統制の構築・改善支援、その他の非監査業務にも従事。17年よりEYロンドン事務所に現地日系企業担当として駐在。会計や税務のみならず、組織再編サポートやアドバイザリー業務など、幅広く現地での日系企業の事業展開を支援。


Ⅰ はじめに


昨今、グローバル規模で税務に関わる透明性の確保に関する規制当局の要請が高まる中、企業は各国が定めたルール、法律に基づいた対応が求められています。
米国におけるForeign Account Tax Compliance Act(FATCA)、経済協力開発機構(OECD)におけるBase Erosion and Profit Shifting(BEPS)frameworkはその一例です。
このような流れの中、英国においても、脱税行為に関与した企業に対し刑事処罰を科す新しい法律(以下、CCO※)が施行され、規模にかかわらず全ての企業に適用されることになりました。
本稿では当該制度の概要を解説します。

Ⅱ 制度の概要


英国において、脱税促進行為の防止を怠った企業に対し刑事処罰を科す新しい法律が2017年9月30日より施行され、企業のためにまたは企業を代理して業務を行う者などによる脱税促進行為の防止を怠った場合、企業はその刑事責任を問われることになりました。
本法律の制定前は、企業に刑事責任を訴追するためには、取締役会のような意思決定機関に脱税促進行為への関与や認識があることを検察側が証明する必要があったため、権限が下位の組織に委譲され分散されている多国籍企業に対しては、取締役会のような意思決定機関による関与の証明が難しい実態がありました。一方で、取締役会が日々の事業活動に積極的に関与している中小企業の場合と比較すると、多国籍企業は訴追されにくいケースがあるといった不公平な環境を生み出していました。
この新しい法律は、11年に施行された英国贈収賄法(Bribery Act)をモデルにし、企業に対して脱税行為の防止に有効と考えられる合理的な内部統制の構築・維持を要求しています。脱税促進行為防止懈怠罪は企業の規模によらず適用され、法人に対する刑事訴追のみならず、無制限の罰金や有罪判決の公的記録へとつながり、その後の事業活動に対しても大きな支障となる可能性を有しています。
 

Ⅲ 脱税促進行為防止懈怠罪の成立


<図1>は、CCOが成立する際の要素を示したものです。


図1 CCO成立の要素

脱税行為について、関係者による促進行為がなされた場合、当該関係者が属する組織が関係機関として本法律による罰則適用の対象となります。関係者には、その企業のために、もしくはその企業を代理してサービスを提供する者が含まれるため、従業員だけではなく、外部のエージェントやサービスプロバイダーも含まれます。
例えば、A社の従業員Bが、請求書の内容を改ざんすることによって、顧客C社による脱税を促進した場合、A社が本法律の対象となります。
なお、ここでいう脱税は、違法で詐欺の要素を含む必要があるため、税務申告上の単なる誤りは該当しません。また、関係機関には法人やパートナーシップが含まれ、組織された場所や規模は考慮されません。そのため、英国外の企業、組織により行われた行為も広く対象となります。
一方で、脱税行為が認定された場合であっても処罰を免れるための道も残されています。それは、企業が関係者による違法な脱税促進行為を防止するための「合理的な手続」を整備・運用していたことを立証できる場合です。この「合理的な手続」は後述の「Ⅵ 合理的な手続」で説明します。

Ⅳ 適用範囲


CCOは英国外の税金、行為、関係者も対象とし、英国内外問わずそれらのいずれかが英国に関連するものである場合、広く脱税行為の防止策を講じることを要求しています。<図2>では英国外が関連する適用範囲の類型を示しています。


図2 CCOの英国外における適用範囲

英国外の脱税促進に関して、英国内において設立された企業による場合のみならず、外国企業による場合も適用対象となります。さらには、英国以外の税金の脱税促進行為の一部が英国内で実施された場合も適用され、その範囲は広範なものとなっています。
例えば、日本企業の英国支店の代理業者がフランスの税金につき脱税をフランスで促進した場合(<図2>中図のケース)や、日本企業の従業員がロンドン駐在中にドイツの税金につき脱税を英国で促進する場合(<図2>右図のケース)における当該日本企業がCCOの適用を受けます。

Ⅴ 脱税促進行為とは


<図3>はCCOの対象となる脱税促進行為の例です。自社の従業員はもちろん、代理店や取引先による英国内外での行為にも留意が必要となり、企業には広範囲での対応が要求されています。


図3 CCOの対象となる脱税促進行為の例

Ⅵ 合理的な手続


脱税促進行為を防止するために有効で合理的な内部統制を整備・運用する上で考慮すべきポイントは、CCOのガイダンスで解説されています。
当該CCOに係るガイダンスでは、指針となる六つの原則が挙げられており(<図4>参照)、企業はこれらの原則に沿って合理的な手続を構築していくことが求められています。


図4 六つの指針原則

  1. 原則1:リスクアセスメント
    社内で連携を図りながら脱税行為の発生するリスクがどこにどの程度の大きさで存在するのかを特定、評価します。
    特に、CCOに関する英国歳入関税庁(Her Majesty's Revenue and Customs:HMRC)のガイダンスでは、地理的リスク、業界リスク、顧客リスク、取引リスク、人的リスク、事業提携リスクなどといったリスクが考慮すべきリスクとして例示されています。
  2. 原則2:リスクに応じた合理的な手続
    評価したリスクに対応した内部統制を検討し、脱税促進行為を防止するために有効で合理的な手続の整備・運用へつなげていきます。
  3.  原則3:トップレベル・コミットメント
    経営上層部は脱税促進行為の防止にコミットし、脱税の促進を意図した行為は容認できないとする文化を育成することが要求されています。また、経営上層部は、前述した合理的な手続の整備・運用にも関与することが推奨されています。
  4. 原則4:デューデリジェンス
    顧客、サプライヤー、代理人などに対するデューデリジェンスは多くの企業で実施されていることが想定されますが、脱税促進行為が発生するリスクを評価する目的を対象としている必要があります。
  5.  原則5:コミュニケーション(研修を含む)
    研修を含む社内外のコミュニケーションを通じて、企業の方針や手続を確実に組織全体に伝達し、浸透させ、理解させることが重要です。
  6. 原則6:モニタリングおよびレビュー
    企業が直面するリスクの性質は時間と共に変化するため、脱税促進行為の防止手続の整備・運用状況についてモニタリングとレビューを行い、必要に応じて改善することが重要です。
     

Ⅶ おわりに


今回取り上げましたCCOは、昨今の不正や脱税行為の摘発事例を踏まえ、企業の自主的かつ積極的な取り組みを要請するものであると考えられます。
既存の組織体制や手続で十分という想定で対応を省略してしまった企業であっても、実際にリスクアセスメントを実施した結果、追加の対応が必要となる場合があるかもしれません。
違反した場合の財務的なダメージが非常に大きくなる可能性があることや、企業としてのブランド、評判、信頼への悪影響を考えた場合、適切な対応を適時に実施しておくことが大変重要です。また、英国における規制ではありますが、英国内外の税金や行為なども対象になるため、日系企業にとっても広範な検討が必要なことにも十分留意が必要です。

<参考文献>

①英国:PART 3 Corporate offences of failure to prevent facilitation of tax evasion of Criminal Finances Act 2017
②英国歳入関税庁(Her Majesty's Revenue and Customs/ "HMRC"):
Tackling tax evasion:Government guidance for the corporate offences of failure to prevent the criminal facilitation of tax evasion / Tackling tax evasion:legislation and guidance for a corporate offence of failure to prevent the criminal facilitation of tax evasion - summary of responses

※ Corporate Criminal Offence of failure to prevent facilitation of tax evasion

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