情報センサー

グローバルな保険会社に求められる資本管理の姿


情報センサー2018年4月号 Trend watcher


EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株)
オペレーショナル・リストラクチャリング 中山 貴司

事業再生や組織再編などのアドバイザリー業務を手掛ける。前職では、外資系保険会社において国内グループ会社のキャピタルマネジメント部を統括し、事業計画の作成、再保険戦略の構築、事業および財務のリストラクチャリング業務などに従事。この他、各種金融商品の組成やトレーディング、金融市場調査などなど幅広い金融実務を担当。2015年より一般社団法人日本CFA協会 理事。


Ⅰ はじめに


国内保険会社の経営環境には、近年大きな変化が生じています。外部環境としては、株主の期待の変化が挙げられます。欧米を中心とした一部の投資家は自己資本利益率(ROE)といった資本の効率性に着目し、この改善を投資先の企業に求めてきました。平成26年に策定されたいわゆる日本版スチュワードシップ・コード※1では、資本効率の改善が強調されるなど、今ではより多くの株主が保険会社の資本の効率的な運用を求めるようになりました。
一方、保険会社の内部環境に目を転じてみると、成熟した国内市場から成長余地の大きい海外市場へ事業をシフトさせてきた結果、これまで国内事業で蓄積してきた保険事業のノウハウが必ずしもそのまま生かせるわけではない地域の保険事業リスクが高まりました。こうした資本の効率性の改善と増大した事業リスクに見合う資本の維持という二つの経営課題を満たすためには、本邦保険会社はこれまで以上にグループ全体の視点から資本管理を行う必要があります。本稿では、複数の地域にまたがる保険会社に求められる資本管理の姿を解説します。

Ⅱ 近年の資本管理の要件:Capital fungibility


Capital fungibilityという耳慣れない言葉があります。日本語では「資本の代替可能性」という訳を時折見かけますが、「資本の移転可能性」といった方がより実態を表しているかもしれません。いずれも日本語ではなじみがありませんが、グループ横断的な資本管理を考える場合、重要な概念となります(<図1>参照)。


図1 Capital fungibilityの概念

例えば、ある子会社Aが資本不足、別の子会社Bが資本余剰の状況を想定します。Capital fungibilityの高い状態では、資本余剰の子会社Bから最終的には資本不足の子会社Aに資本の移転ができます。逆に、Capital fungibilityの低い状況では、資本不足の子会社Aを救済するために子会社Bの資本は活用できません。こうした事態が発生した場合、親会社が自ら増資し、その資本を活用して子会社Aへ資本注入を行うという対応が考えられます。この場合、グループ全体の資本効率は低下します。仮に親会社が借入れを原資とした資本注入で子会社Aの資本不足を解消したとしても、グループ全体の財務体質は悪化します。前記の例でみられる通り、グループ全体の資本を効率的な状態に保ちつつ、子会社の資本不足という有事に備えるためにはCapital fungibilityを高めておくことが有効です。

Ⅲ グローバルな保険会社に求められる資本管理の姿


高いCapital fungibilityを実現するために、保険会社は資本移転を行う具体的かつ実行可能な手段を有している必要があります。ここでは、代表的な資本移転の手段とそれを実行する際の制約について解説します。

1. 資本移転の手段

代表的な資本移転の手段としては、以下のものが挙げられます。


  • グループ会社間の増資

  • グループ会社間の配当

  • 内部再保険

基本的な考え方としては、こうした手段を活用して、保険子会社の資本を適正な水準の範囲内に確保しつつ、余剰な資本は親会社が保有するということになります。これによって、外部の株主への配当額の調節や自己株買い、さらなるM&A、別子会社の資本強化といったような柔軟な資本取引が可能となります。この他、会社間取引(例えば、グループ会社間のサービスの提供とその対価の支払い)も、一義的な目的は資本管理ではないものの、結果としては会社間の資本移転をもたらす手段となります。

2. 資本移転に対する制約

次に、グループ内での資本移転を行う際の主な制約をみてみましょう。括弧内は具体例の一つです。


  • 外部要因に基づく制約
    • 会計制度(分配可能利益に対する制限)
    • 金融規制(資本移転に対する当局の認可)
    • 税制(増資もしくは配当への課税)
    • 内部要因に基づく制約
      • 組織形態(中間持株会社の有無やその階層、設立法域)
      • ガバナンス(権限委譲の状況)
      • リスク計測と資本基準(統一的な資本過不足に関する評価方法)

    特に大型のアウトバウンドのM&Aを実施して間もない保険会社の場合は、外部要因よりもむしろ内部要因によってCapital fungibilityが低い状態となっている可能性に留意すべきです。例えば、親会社は資本余剰だと判断している一方で、保険子会社の経営者は資本が足りていないと考えているため、グループ間の資本取引が行えないという事態も考えられます。こうした事態は、グループ内共通のリスク計測手法や資本管理基準を導入したり、親会社のリスクアペタイト※2が、中間持株会社や保険子会社の意思決定に反映されるようなガバナンスを構築したりすることで解消できると考えられます。このため、新規事業の拡大と経営管理体制の整備は、歩調を合わせて実施することが最も効率的かつ効果的となります。

    Ⅳ おわりに


    グローバルな保険会社の資本管理には、高いCapital fungibilityが求められます。Capital fungibilityという概念が理解できれば、目指す資本管理の姿は明確になります。今後、海外事業比率のさらなる引き上げを検討している保険会社は、事業や買収対象会社自体の精査に加え、前記のような経営管理体制の再構築も併せて考えることで、グローバルな保険会社に求められる資本管理体制を構築することができます。
    しかし、それを実現するための手段や制約は複雑であり、専門的な知識も必要となります。また、経営戦略の立案からデューデリジェンス、戦略の実行、その後の経営管理体制の高度化といった経営サイクルをそれぞれ個別に考えるのではなく、節目なくつなげていく必要があるため、経営サイドのリーダーシップも期待されます。


    ※1 スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会「「責任ある機関投資家」の諸原則«日本版スチュワードシップ・コード»」平成29年5月29日
    www.fsa.go.jp/news/29/singi/20170529/01.pdf
    ※2 経営戦略の実現のため、意図的に取るリスクの種類と水準


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