EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
アシュアランスイノベーション本部 AIラボ
公認会計士 山本誠一
2008年、当法人入所。製造業、建設業、サービス業などの上場会社およびIPO関連業務の監査に従事。18年より仕訳の異常検知システム EY Helix GLADの開発・運用に従事し、Digital Auditの推進に取り組んでいる。
アシュアランスイノベーション本部 AIラボ
公認会計士 小島久人
2010年、当法人入所。製造業、農業などの上場会社および金融機関の監査に従事。19年より仕訳の異常検知システム EY Helix GLADの開発・運用に従事し、Digital Auditの推進に取り組んでいる。
前号は、当法人で開発した仕訳の異常検知システム「EY Helix General Ledger Anomaly Detector」(GLAD)による勘定科目ごとのグラフ形状の特徴について紹介しました。
今号では、企業ごとに最も特徴が出やすい売上に関して、業種を推定できる可能性やグラフの推移を深く理解することにより、読み取れる会計事象を推測する手法の一例を紹介できればと考えています。
会社の業種や仕訳の計上方法によってグラフ形状の特徴は異なり、会社の数だけ特徴があるといっても過言ではありません。全てを紹介することはできないため、特徴がよく表れている例を一つ紹介します。
<図1>は一定のビジネスの仮定を元に作成したサンプル企業における、売上高の仕訳計上パターンを表す日次発生額の推移を表すグラフ(4月1日から3月31日までの1年間)です。
グラフの特徴として、売上が比較的多額に計上されているのは毎週水曜日と日曜日になっています。また1年間を通して売上高が一番高い日は12月31日になっており、1月1日は唯一計上がありません。曜日によって売上高に変動がありますが、同じ曜日は同じような売上高となっています。
前述の特徴の中で、日次の売上があり曜日ごとに偏りがあること、また12月31日に一年で最も大きい計上があり、1月1日に営業していないことを考慮すると、通常のビジネスの理解から、百貨店やスーパーのような小売業、外食業などに該当するのではないという推測ができます。
業種による特徴を紹介しましたが、仕訳データをビジュアル化して分析する本来の目的は、そのグラフの勘定科目、または業種が何かを推測することではありません。本来の目的は、グラフの形状から発生している会計事象を推測し、そこに潜むリスクを識別し対応することにあります。そのため、グラフ数値の推移を深く理解・把握する必要があります。
また、ビジュアル化されたグラフを使用する利点は、数値の羅列を眺めるより効果的かつ効率的に、数値の推移を把握することが可能となる点にあります。
次の章からは分析のポイントを紹介します。
次の三つのグラフは、1年間の売上の日次累積額を特徴が分かりやすいように作成したグラフです。当該三つのグラフは、2年分の推移を表しており、オレンジ色が当期、緑色が前期の推移になります。
<ケース1>は、前期および当期の日次累積額の推移がほぼ直線に推移しており、期首から期末にかけて継続的に売上が増加していることが分かります。また当期の売上の増加割合も高いことも特徴の一つです。
例えば前述の特徴から、季節的な変動のみならず日次の変動も少ないことが把握できます。増加割合が高いこと、また増加後の推移も前期と同様に推移していることから、従来と同様の事業の拡大を行った可能性があると推測することができます。
<ケース2>は、前期と当期の日次累積額が、期中までは同様に推移しているものの、当期の一時点で多額の売上が計上され、その後の推移は前期と同様に推移をしていることが分かります。また、売上が月末に一括で計上されていることも特徴の一つです。
例えば前述の特徴から、当期の一時点の多額の売上はその後発生していないことから、従来の事業と異なる取引による売上である可能性があります。また売上が月末に一括で計上されている場合には、仕訳データから詳細を把握することが難しいため、仕訳データの元となる補助簿データを参照する必要があります。
<ケース3>は、前期と当期の日次累積額が、期中までは同様に推移しているものの、当期の一時点以降で前期より多い売上が継続的に推移していることが分かります。また、当期は四半期末日である6月30日、9月30日、12月31日、3月31日に売上計上が多くなっています。
前述の特徴から例えば、当期の一時点に異なる事業を開始したことや事業を買収した結果、売上が増加したことが推測できます。また四半期ごとに計上が増えているため、決算期末に計上する工事進行基準を適用した新規事業が開始された可能性も考えられます。
<図2><図3>の二つのグラフは、「Ⅳ 数値の推移の把握」と同様に、1年間の売上の日次累積額を特徴が分かりやすいように作成したグラフであり、オレンジ色が当期、緑色が前期の推移となります。ただし、同じ仕訳データの時系列(X軸)を、仕訳計上日と仕訳入力日に分けたグラフであり、この点が前章Ⅳと異なります。
<図2>の仕訳計上日の推移をみると、当期の12月31日より売上計上が増えていることが分かります。そのため、12月から会社の事業に変化があった可能性を考えてしまうと思います。
ただし、<図3>仕訳入力日の推移を見ると、3月31日時点では前期と同水準であった売上が4月1日以降に急増していることが分かります。これは<図2>の仕訳計上日でみられた12月31日以降の売上の増加は、決算日後である4月以降に入力された仕訳による影響であるという状況を推測することができます。
このように、日次の売上累積額を仕訳計上日や金額だけでなく、仕訳の入力日といった他の要素を用いた分析は、数値の根拠となる会計事象等を推測することに有用な手法になります。
今回は、勘定科目の中で企業の特徴が最も表れやすい売上に関して、日次の推移を分析することにより、業種の特徴や推移の変化に伴う会計事象を推測する手法について紹介しました。
数値をビジュアル化しその形状を把握することで、今まで見えなかったものが見えてくるのではないでしょうか。