5 分 2023年3月9日
アスファルト上に描かれた直線の両サイドに立って握手をするビジネスパーソン

ライフサイエンス企業がより効果的なM&Aで価値を確保するには

執筆者 Subin Baral

Global Deals Leader, Life Sciences

Committed to helping life sciences companies create focused business models that outperform. Family-focused. Loves road trips and the outdoors.

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EY Japanの窓口

EY Japan ヘルスサイエンス・アンド・ウェルネス・ストラテジー・アンド・トランザクションリーダー EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 バリュエーション、モデリング & エコノミクス パートナー

スポーツ観戦と温泉をこよなく愛するM&Aアドバイザー

5 分 2023年3月9日

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M&A取引は落ち込んでいますが、企業はイノベーションによって成⻑を確保しようと模索しており、M&Aには戦略上、中核的な役割が求められるようになります。

要点
  • 2022年はライフサイエンス業界にとってはM&A低迷の年となったが、最終四半期には大幅な回復が見られた。
  • 業界には記録的な水準のファイヤーパワーと豊富なターゲット企業が存在しており、2023年に向けて大規模なM&Aが活発化する条件が整っている。
  • 企業は今後、将来の成長を確保するためのデータや新技術へのアクセスを視野に含めた戦略的M&Aに注力すると考えられる。
Local Perspective IconEY Japanの視点

ライフサイエンス企業は、企業価値を確保するため、戦略的な投資を通じて積極的にイノベーションを取り込むことが必要になってきています。世界のライフサイエンス企業が2022年を通じて慎重な姿勢をとってきた結果、M&A総額は前年比53%減の1,050億米ドルまで下落しました。一方、M&Aを実行可能な資金力はバイオ医薬品業界だけでも1兆4千億米ドルと史上最高水準の規模に達しています。

多くの日本のバイオ医薬品企業は、国内の薬価引き下げや主力品の特許切れに直面する中、有望な新薬の開発に苦慮しており、限られた経営資源をいかに有効に活用していくかが喫緊の課題となっています。

相対的に規模で劣る日系企業が国内外の競争環境で戦っていくためには、いま一度自社の強みが発揮できるコア領域を見極めた上で、さらなる強化につながるイノベーションの獲得を目的として、社内外にかかわらず戦略的に投資していくことが求められています。
 

EY Japanの窓口

大岡 考亨
EY Japan ヘルスサイエンス・アンド・ウェルネス・ストラテジー・アンド・トランザクションリーダー EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 バリュエーション、モデリング & エコノミクス パートナー

2023年を見据えると、近い将来ライフサイエンス業界におけるM&Aファイヤーパワー(企業のM&A実⾏能⼒を貸借対照表の健全性に基づいて測定した指標)の使い⽅を方向付ける3つの重要なテーマが存在します。

  1. 業界をリードする企業が、今後⼤きな成⻑ギャップに直⾯します。特に、バイオ医薬品セクターに特許切れの問題が迫っていますが、同セクターにはM&Aでそのギャップを埋められるファイヤーパワーがあります。
  2. 政治、経済、規制の動向が不透明なことから、業界ではM&Aへの意欲にその影響が及んでいますが、⼀⽅で、評価額の低下と、IPOおよびSPAC市場の低迷により、「買い⼿市場」が⽣まれています。これにより⼤⼿プレーヤーのディール意欲が刺激されるとみられます。
  3. 最重要ターゲットは、速効性のある画期的な新薬やデバイスだけでなく、⼈⼯知能(AI)、ビッグデータ、ロボット⼯学など、セクター外の⾰新的なテクノロジーも含まれます。

このような変化が加速するのに伴い、ライフサイエンス企業はビジネスモデルを再考し、インテリジェント・ヘルスエコシステムの出現に合わせて⾃社を変⾰させる必要があります。この新しいエコシステムでは、より効果的で費⽤対効果の⾼い、個別化医療を患者に提供できますが、M&A(ライフサイエンスセクター内外のイノベーション活⽤を⽬的とする買収およびアジャイルコラボレーション)は、このエコシステムでの企業の進化と成功に極めて重要な役割を果たすと考えられます。

全体的に見て、2022年の年初以降11カ月間のM&A投資は、2021年通年比で53%減少しました。総計117件のM&A取引が締結され、2021年と比較すると27%の減少となっています。

バイオ医薬品企業のM&A投資は42%減少しており、買収よりもアライアンスに資本配分がシフトしたことがうかがえます。医療機器セクターは、ヘルスケアセクター全域の人員不足によるコスト上昇や医療機器の調達削減など、業界特有の逆風に直面しています。2022年11月までで最大のM&A取引となったJohnson & JohnsonによるAbiomedの買収(買収額166億米ドル)もありましたが、M&A取引額は62%減少しました。

M&Aの資金調達は、米国の法規制の影響にもかかわらず金利とインフレの上昇を背景に、より難しくなっています。しかし長期的に見ると、2022年は嵐の前の静けさだったと受け止められるようになるかもしれません。企業がイノベーションを求める領域がポートフォリオを超えて事業モデル全体に及ぶ中、2023年には、M&A取引がこれまでの低迷から一転し、大活況となる可能性があります。

こうした変化への予兆は、2022年12月のAmgenがHorizon Therapeuticsの買収に285億米ドルを投じると公表したことに見られます。さらに、2023年に大規模ディールの場に戻る大手企業はAmgenだけではないと推測するに足る確かな根拠があります。

ライフサイエンス企業がより積極的なM&A戦略を採⽤する理由として、説得⼒のある根本的な要因は以下の通りです。

  • 要因1:ライフサイエンス業界には潤沢なファイヤーパワーが蓄積されています。バイオ医薬品業界だけでも、2021年比11%増となる、1.4兆米ドル超のファイヤーパワーを保有しています。これは、Firepowerレポートにおいてバイオ医薬品企業が利用可能な資本の追跡を開始して以来最高水準です。
  • グラフが正しく表示されない場合、ここをクリックしてください。(日本語表記あり) #2023年のライフサイエンス業界におけるM&Aの推進要因と抑制要因

     

     

    理由 推進要因または抑制要因
    業界が利用できるファイヤーパワーは過去最高水準 推進要因
    評価額は下落しているが、需要の高い資産については、プレミアムは高水準で推移 抑制要因
    評価額の下落とランウェイ(資金不足に陥るまでの期間)の制約のため、中小企業への撤退圧力が高まる 推進要因
    インフレその他のマクロ経済の不確実性による資本コスト上昇 抑制要因
    IPOやSPACの機会が閉ざされ、中小企業の公開市場へのアクセスが悪化 推進要因
    政策立案者の介入に伴う薬価、市場アクセス、独占禁止法規制への影響の不透明性 抑制要因
    イノベーションのルネサンスを通じて、高い可能性を秘めた新しいモダリティが数多くM&Aターゲット候補となる 推進要因
    M&Aではなく、アライアンスが戦略的に優先される可能性 抑制要因
    特許切れがもたらす成長ギャップを埋めるためには、外部資源を活用した成長が必要 推進要因
  • 要因2:業界は、特にバイオ医薬品の特許切れに関連した成長ギャップの到来に直面します。企業が価値を実現するには、強力なパイプラインと、疾患領域への一層の注⼒が必要です。このことが、今後高価値の買収に対するさらなる推進要因となります。
  • 要因3:ライフサイエンスセクターでは、細胞・遺伝子治療、mRNA、デジタル技術、データ分析の進歩など、イノベーションのルネサンスが進行しています。これにより、企業が将来の成長をもたらす製品を開発できる可能性が生まれています。
  • 要因4:2021年から2022年にかけての市場調整に続いて「買い手市場」が進行する中、同セクターにおける評価額の低下が買収へのインセンティブを高めるとみられます。
  • 要因5:IPOやSPACによる資金調達がさらに難しくなり、中小企業の選択肢が狭まるため、小規模のライフサイエンス企業についても公開市場の利用可能性が低下しています。資金を調達する必要のある中小企業がM&Aを選択する傾向が高まると考えられます。

さらに、ライフサイエンス企業は、セクター外の買収企業との競争を迫られる可能性があります。行動を起こさなければ成長機会を失うかもしれません。例えば、プライベートエクイティファンド(PE)も利用可能なファイヤーパワーを保有しています。医薬品開発などの研究開発分野への資金提供において、PEが伝統的なライフサイエンス企業の地位を脅かす可能性を示唆するアナリストもいます。

M&Aを成功させるために

最も効果的なM&A戦略を特定して実行する方法について、企業は真剣に、かつ戦略的に検討しなければなりません。M&Aから得られる価値を最大限に高めるにあたり、以下の3点が主に企業の取り得る方策といえるでしょう。

  1. ディールのリスクを可能な限り低減するよう努める。
  2. 過去の成功事例を分析する。
  3. 新たに取得した事業の統合に向けて、適切なプロセスを準備する。

M&Aを成功に導くのは、効率的に費用対効果の高い方法で取引を完結させることだけではありません。企業と人員の迅速かつ効果的な統合を達成できる、適切なチームとプロセスの導入が不可欠です。企業がM&Aを成功させるためには、一般的に以下の5段階の計画を実行するべきです。

  1. プロセス全体の整合性確保のため、ディールの価値推進要因と指針となる原則を明確に特定し、定義する。
  2. M&Aのプロセスの各段階を通じて自社を導くエンド・ツー・エンドの計画を確立し、ガバナンスと統合のリーダーおよびチームがプロセスの各段階に責任を負う。
  3. M&Aの実行前に、企業間の文化的コラボレーションの実現と、統合と独立性について適切な水準を特定することに注力する。完全な統合が適する買収もあれば、可能な限り独自の研究文化を維持することにより付加価値が増大する買収もある。
  4. 進捗状況の管理、ワークフローの監視、シナジー効果の特定と実現のため、ツールとテクノロジーを最大限に活用する。
  5. 共通の目的とビジョンへの賛同を得て組織連携の拡大を支援し、従業員の不安と意欲低下に起因するリスクを軽減するために、チェンジマネジメントとコミュニケーションに重点的に取り組む。

ライフサイエンス業界には、大きなトランスフォーメーションにつながるM&Aの波を2023年に再び起こすためのリソース、インセンティブ、機会が存在しています。しかし、適切なターゲットを特定し、獲得することは最初のステップに過ぎないという事実を忘れてはなりません。企業が望む長期的な成果を得るためには、M&Aのプロセス全体を最適化する必要があります。

 

サマリー

2022年はM&A低迷の年でしたが、2023年に入り、ライフサイエンス業界には再び大規模なM&Aを起こす機会が生まれています。M&A、アライアンス、パートナーシップは、必然的に、企業がこのようなイノベーションの恩恵を受けるための重要な要因となります。

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執筆者 Subin Baral

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