EYは、「2022年度版 EY M&A Firepower レポート(第10号)」を発表しました。本レポートによると、2021年の世界のライフサイエンス企業の合併・買収(M&A)取引額は、主に医療機器企業の躍進(1,110億米ドル)により、総額2,190億米ドルに達し、前年2020年の1,590億米ドルから増加しました。一方、バイオ医薬品企業の2021年M&Aは、過去10年で最も低いレベルの1つとなる総額1,080億米ドルで、2020年の総額1,280億米ドル、2019年の総額2,610億米ドルからの減少となりました。しかし、これは2021年にバイオ医薬品企業のM&Aが停滞していたということではなく、注目すべきはその件数です。メガ案件はありませんでしたが、ボルトオン買収がM&A件数全体の88%を占めました。バイオ医薬品企業の2021年のファイヤーパワー(企業のM&A実行能力を貸借対照表の健全性に基づいて測定したEY独自の指標)は、過去最高に近いレベルに達しましたが、M&Aに活用されたのはファイヤーパワーのわずか9%でした。比較として、2019年に活用されたのは25%、2020年は12%でした。
資本配分はM&Aから他のオプションへ大きくシフト:
M&A市場に鈍化の兆候が見られるにもかかわらず、売り手は依然として有利な状況にあることが、本レポートの分析で判明しました。2021年は企業評価額が高い水準で推移し、資本調達も引き続き容易な状態にありました。バイオ医薬品企業は2021年(2021年11月30日時点)に、追加資金調達(follow-on financing)、ベンチャーファンディング、IPOを通して800億米ドル以上の資金を調達しました。これは2020年に記録された過去最高の900億米ドルに次ぐものとなりました。トレンドとなっているSPAC(特別買収目的会社)の役割拡大が、2021年にさらに進んだことで、創業期または成長期の企業への投資額がさらに増加しました。
イノベーション不足を補うパートナーシップが不可欠に:
特許の期限切れ「パテントクリフ(特許の崖)」を目前にしている企業は、イノベーションを外部から獲得する必要性にこれまで以上に迫られています。本レポートの試算によると、大手バイオ医薬品企業の年平均成長率は、2024年に5.6%から2.6%に急落することが予想されています。これは、バイオ医薬品業界全体で見込まれる7.5%の成長率を大きく下回るものです。今後5年間でバイオ医薬品企業の成長を促進するイノベーションは、マーケットリーダーとして認められている主要バイオ医薬品企業以外の企業から、またこれまで成長を支えてきた売れ筋のバイオ医薬品以外の製品から、もたらされる見込みです。
EYグローバルのLife Sciences DealsリーダーのSubin Baralのコメント:
「科学的に見てリスクがなく、成熟期にある資産を所有することに関心を持つ買い手にとって、2021年は非常に高額な買収プレミアムを支払う以外の選択肢がほぼない一年となりました。このような状況下で、かつ今後の成長目標を達成するためには外部のイノベーションが必要なことを考えると、戦略的パートナーシップこそがバイオ医薬品企業にとって鍵となるでしょう。2021年もアライアンスやパートナーシップ契約が盛んに結ばれましたが、この分野への投資はまだ十分とはいえません」
EYの調査によると、主要バイオ医薬品企業が2020年初頭からアライアンスに活用したファイヤーパワーは、M&Aに活用したファイヤーパワーの1.5倍となっています。バイオ医薬品企業は、2020年に、アップフロントフィーが1億米ドル以上のアライアンス契約を38件、10億米ドル以上のアライアンスを4件締結しました。これとは対照的に、2021年にバイオ医薬品企業が優先したのは、アップフロントフィーがより少額で規模のより小規模なアライアンス契約の締結でした。
2022年に持続可能な資本配分を行うために、バイオ医薬品企業は以下の点を考慮する必要があります。
- 投資のため資産売却を行う:EYの調査の結果、株主総利回りは、資産売却を行っている企業の方が高いことが判明しています。バイオ医薬品業界は現在分散化されている状況にもかかわらず、各企業は攻めの姿勢で自社のビジネスモデルにフォーカスするための十分な施策を行っていません。実際、2021年に報告された資産売却額の総額はわずか110億米ドルでした。
- より多くのファイヤーパワーを戦略的パートナーシップに活用する
- 成功が不確実なメガM&Aのリスクを取るより、引き続きボルトオン型買収を行う方が有利
EY Japan ヘルスサイエンス・アンド・ウェルネス・マーケットセグメント・リーダーおよびライフサイエンス・セクター・リーダーの矢崎 弘直(やざき ひろなお)のコメント:
「医療に関する科学の進歩の速度は早く、新型コロナウイルスの蔓延による影響により業界の変化はさらに加速しています。特許切れの宿命を持つバイオ医薬品企業にとって、業界での生き残りのためM&Aやパートナリングの戦略は欠かせないものになっています。また、細胞。遺伝子治療、ADC、RNA医薬品等の新たなモダリティーへの進出や新しいビジネスモデル構築にも強力な手段となります。本レポートは毎年公表しており、独自のM&Aファイヤーパワーという概念を用いて業界のM&A、アライアンスの状況を詳細に分析しています。2021年のM&Aの水準は種々要因により低調でしたが、今後もM&A、アライアンス動向が業界にとって重要なものであり続けるでしょう」