企業にとって対象範囲の拡大が意味するものとは
企業にとって課題となるのは、税務モデルを変え、報告要求の強まりに対応することです。これは、厳格化される一方の制度に合わせて、旧来のプロセスやテクノロジーを変えようと追い詰められている金融機関に限った話ではありません。革新的で常識を覆すようなビジネスモデルを持つ企業も、そのビジネスモデルにより新たにCTRの対象になりつつあります。
このように変化の激しい環境では、現状維持は衰退と同じことを意味します。コンプライアンス違反の代償はとてつもなく高くつきます。そのため、経営モデルを進化させ、このような変化についていくことが不可欠です。税務リスク、レピュテーションリスク、クライアントリスク、ブランドリスクをはじめ、この代償は枚挙にいとまがありません。
一例として挙げられるのが、ピアレビューの継続的プログラムです。CRSのコンプライアンス状況を確認するためにOECDが地域ごとに現在実施しています。Ernst & Young Tax Services LimitedでEY Asia-Pacific Financial Services Partnerを務めるAnish Benaraは、このレビューだけでCTRの活動が劇的に活発化すると指摘します。
Benaraは「このレビューでは、各国・地域が金融機関の監査を行っているか、あるいは、コンプライアンス状況のモニタリングプログラムを実施しているかを確認します」と説明しています。コンプライアンス違反があった場合には、脱税に加担したことが発覚した個人に、罰金だけでなく懲役刑が科せられることもあります。また、脱税に甘いとみなされた国・地域と企業は、大きなレピュテーションリスクにさらされることになります。
その一方で、コンプライアンスでは微妙なバランスを保ち、カスタマーエクスペリエンスに悪影響を与えないようにする必要があるとBenaraは指摘します。報告に必要な税務データの収集や用紙の記入が面倒だと思われてしまうと、顧客離れにつながり、風評被害も生じかねません。簡単に言うと、顧客が望んでいるのは手軽なオンボーディングエクスペリエンスです。税務当局から詳細な情報を求められているとはいえ、顧客に簡潔なオンボーディングエクスペリエンスを提供できない場合、最初からカスタマーエクスペリエンスで悪い印象を持たれてしまう恐れがあります。
非金融企業はどのような影響を受けているのか
ほとんどの金融機関は自らに課せられたCTRの義務を承知していますが、非金融セクターの企業は、その認識のないままCTRの対象となっているかもしれません。そのような企業は複数の子会社で構成されるグループ企業であるケースが多く、そのうちの1社以上が広義では金融機関に該当することが少なくありません。この場合はCTR規制の対象となります。どれほど小規模な金融機関であっても規制は適用されます。複数の子会社を傘下に置くグループ企業は、グループ内に該当するような金融機関はないと決めつけることはできません。
配車サービス、動画共有プラットフォーム、住宅宿泊(民泊)仲介業者など多様なセクターのデジタルディスラプターは、利用者との取引に伴う米国源泉所得がある場合、すでにFATCAの適用を受けています。しかし、EY EMEIA CTORS LeaderのJames Guthrieは、税務コンプライアンスを格段に強化させることができるのであれば、各国政府がもう一歩踏み込んで、非金融セクターの企業に的を絞ったCRS型の規制を設けることは想像に難くないと指摘します。
Guthrieは次のように説明します。「具体的に言うと、民泊仲介業者から提供された取引データで、自宅を民泊に提供して得た所得が申告されていることを確認したり、配車サービス事業者からのデータを解析して、ドライバーが得た収入すべてついて、税金を納付していることを確認したりするということです」
レガシーシステムは煩雑で進化できない
デジタルサービス企業は一般的にレガシーITシステムに煩わされることはありませんが、多くの金融サービス企業はそれほど幸運ではありません。金融機関のシステムは概して、詳細な顧客税務情報報告義務が審議すらされていない時に作られたものです。このような金融機関にとって、自社開発ソリューションのコストはますます高くつくようになっています。
レガシーシステムの限界に対応するために金融機関が用いるアプローチの1つが、顧客データをまとめて、表計算ソフトやデータベースで照合することです。しかし、FATCAとCRSで求められるデータ量の増大により、このプロセスでは多大な費用と時間がかかり、ミスが発生しやすい可能性があります。
これとは対照的に、市場をリードするCTRソリューションでは、エンド・ツー・エンドのプロセスとして顧客からの報告を処理し、テクノロジーを活用した自動化ソリューションによって対応しています。とはいえ、エンド・ツー・エンドの自動化CTRガバナンスモデルを社内で構築することは決して簡単ではありません。この主な課題は人材、プロセス、テクノロジーの3つです。
「人材」という課題には研修、専門知識、本質的なスキルギャップなどがあります。新たに明らかになった税の抜け穴をふさぐため、米国、OECD、その他の国・地域が規制に調整を加えるにつれて、CTRを取り巻く環境が常に変化していることも問題の一因です。このように流動的な環境においてコンプライアンスを維持するためには、従業員が知識を常に更新できるよう継続的に研修を行わなければなりません。
一方、業界全体でCRSとFATCAについての専門知識を持つ人材が不足していることから、人材問題は深刻化しています。さらに、従業員が離職することにより組織内で培われた知識の一部が失われ、質の高いCTRプログラムを維持することが難しくなります。
プロセスの課題は、実施と可視化に関することです。プロセスはあるものの実施されていないことがありますが、組織全体でシームレスに実行に移すべく、細心の注意を払わなければなりません。また責任者は署名をする前に、直面している課題を完全に可視化する必要があります。
一方、テクノロジーという課題の中心にあるのは、CTRコンプライアンスは主にデータに関わるものであり、CTRデータが至る所にあるという点です。データの取得は、オンボーディングの時点で開始し、カスタマージャーニーの全期間を通して続けなければなりません。具体的には、書類の収集と検証、状況に変化がないかのモニタリング、源泉徴収、報告書作成、そして、それらの間のあらゆる段階においてです。
CTRコンプライアンスに組織全体で取り組む
顧客データを部門間でシームレスにエンド・ツー・エンドで結ぶ効果的なフローを実現するためには、柔軟性と拡張性があり、将来を見据えたテクノロジーソリューションが必要です。それにより、社内の縦割り主義と孤立したレガシーシステム、両方の問題を克服するとともに、対象範囲がさらに拡大すると予想されるCTRに対応できます。
EY Asia-Pacific CTORS LeaderのPaul Hoは、これらの課題を克服し、エンド・ツー・エンドのCTRモデルを実現するのであれば、各チームが相互に依存する関係が必要であると考えています。
「顧客税務情報報告義務の影響を受けない部門など1つもありません」とHoは説明します。「HR部門は、各チームの研修が必要なので影響を受けます。IT部門は、システムを構築する必要があるため影響を受けます。財務部門は、報告書作成に必要な財務情報を提供するため関与することになります。コンプライアンス部門は、強固な統制体制を整える必要があるため鍵を握る部門です。オペレーション部門は、顧客の適切なオンボーディングと、その正確なデータを最初から収集することができるよう取り計らう必要があるため影響を受けます」
ところで、この複雑なエンド・ツー・エンドのプロセスはどの部門が担当するのでしょうか。ほとんどの企業ではオペレーション部門が担当しますが、コンプライアンス部門や税務部門に任せるところもあります。とはいえ、最終的にはどの部署のメンバーも何らかの役割を担っています。自分たちの役割を果たすことができない部門があれば、プロセスの各段階すべてに影響を与えてしまうかもしれません。
大規模で複雑な企業は、データの質とCTRコンプライアンスをエンド・ツー・エンドで向上させることに伴う課題をよくわかっています。大手多国籍企業は、全社的なCTRソリューションの構築に何百万ドルもの資金を投じることができます。しかし、そのソリューションがサイロ化してしまうと、部門間でデータに矛盾が生じる可能性が高く、そうなれば深刻な問題を招きかねません。
EY Americas Tax Technology and Transformation CTORS LeaderのJustin O’Brienは、FATCAとCRSが税務報告書と本人確認書といった異なる書類のデータポイントを一致させるよう求めていると話します。「そのためには、さまざまなテクノロジーを利用して相互に連携する各種のデータベースが必要となります。金融機関にとっては、これが引き続き大きな課題となっています」とO’Brienは述べています。