2022年9月30日
Value Chain Finance詳論 ~ビジネス現場の意思決定に必要な体制、情報およびプラットフォームの在り方~

Value Chain Finance詳論 ~ビジネス現場の意思決定に必要な体制、情報およびプラットフォームの在り方~

執筆者 EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社

複合的サービスを提供するプロフェッショナル・サービス・ファーム

EY Strategy and Consulting Co., Ltd.

2022年9月30日

ビジネス環境の変化が激しく、不確実性の高い時代において、Value Chain Finance(VCF)による動的損益コントロールの重要性を述べた前号に続き、本稿では、VCFを実現し、ビジネス現場の意思決定を行っていくために必要な体制、情報およびプラットフォームについて事例を交えて説明します。

本稿の執筆者

EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株)BC-Finance 公認会計士 村上 信司

製造業を中心とした経営管理高度化プロジェクトに多数従事。BC-Finance(CFO部門向けコンサルティングチーム)において、Finance StrategyおよびTalent Transformationのオファリングを担当。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) ディレクター。

要点
  • Value Chain Financeを実現するために、日本企業においても着実に導入が増えてきている製品損益責任者の役割とはどのようなものだろうか。
  • 仕組みの面でValue Chain Financeを支えるEnterprise Performance Management System(EPMシステム)とはどういうものだろうか。

Ⅰ はじめに

前号(本誌2022年8月・9月合併号「Value Chain Finance概論 ~ビジネス現場の意思決定に求められる管理会計とは~」)においては、企業が置かれているビジネス環境の変化が激しく、不確実性の高いVUCA(Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を並べた用語)の時代において、製品ライフサイクル損益、ひいては事業部のフリー・キャッシュ・フローや投下資本収益率を最大化するためのValue Chain Finance(以下、VCF)による動的損益コントロールの重要性を述べました。本稿においては、VCFを実現し、ビジネス現場の意思決定を行っていくために必要な体制、情報およびプラットフォームについて事例を交えて説明します。

Ⅱ VCFにおける損益管理責任者体制

前号では、VCF実現の最も重要な要件の1つとして、製品損益責任者の必要性を述べました。製品損益責任者は、企画、開発、調達、生産、販売、アフターセールス、終売といった縦軸の機能管理ではなく、<図1>に示す通り、それらをバリューチェーンとしてワンストップで管理し、動的な損益コントロールにより製品ライフサイクル損益の最大化を図ることを目的として設置されます。

図1 VCFにおける損益の責任主体・組織機能強化

日本企業においては長らく、縦軸での機能的損益管理を続けてきましたが、昨今では、トップの強いリーダーシップの下、バリューチェーンでの製品ライフサイクル損益管理を掲げ、製品損益責任者を設置し、企業競争力を勝ち得る企業が増えています。その中から幾つかの事例を紹介します。

1. A社の取組み

A社は、以前から顧客ニーズに対応しながらB2C事業の拡大を図ってきましたが、昨今の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響などを受け、顧客の志向のさらなる多様化やマーケットの変化など、事業上のリスクへの対応の必要に迫られていました。B2Cビジネスは製品ライフサイクルが比較的短いため、需要のボラティリティの幅が大きく、結果として、余剰在庫の処分費用や欠品による機会損失による収益率の圧迫が予想されていました。そのため、製品ミックスを最適化し、需要変動に対して柔軟な動的損益コントロールをかけ、一定の損益を確保する体制を構築することが急務でした。

これに対応するために、A社では、製品損益責任者を設置しました。製品損益責任者にPL責任および在庫責任を集約させ、バリューチェーンを一元管理することにより損益最大化を目指しました。また、損益最大化の実効性を高めるために、製品損益責任者がマーケットの状況を見ながら動的に製品ミックスを見直し、新製品企画や終売タイミングも判断するとともに、PSI計画のもととなる製品ライフステージを管理する体制としました。

これにより、需要と連動する動的損益コントロールを実現し、在庫数やSKU(Stock Keeping Unit)数の削減を図ることができました。

2. B社の取組み

B社は、製品損益責任者を設置したものの、製品損益を構成する、または経営判断に必要となるデータを、各部署からさまざまな情報ソースを利用して収集しなければなりませんでした。そのため、硬直的なマネジメントに留まり、事業変化への対応が後手に回り、結果的に製品損益責任者の役割を十分に果たせていませんでした。後述するEPMシステムの導入を契機に、製品損益責任者の役割・体制を再定義し、バリューチェーンの各ゲートで製品損益責任者が中心となって、環境の不確実性の評価とそれに対応するためのアクションを実行することで、利益獲得を強固なものにすることに成功しました。

通常、製造業においては、市場調査などのフィージビリティスタディから始まり、ターゲットカスタマー、商品の訴求点、想定販売台数、想定販売価格などの商品コンセプト検討、開発費を決定する商品の概要提案、そして、商品の収益性、投資回収判断含めた商品企画最終化、さらにはマーケットプランニングを加味し、製品販売収益が計画化され量産前の体制が整います。量産後においては、サイクルごとのマイナーチェンジによる損益管理、および販売実績値を収集することでの予算実績分析と予測が行われ、この全てにおいて製品損益責任者が製品ライフサイクル損益を材料としてバリューチェーンの次の工程に進むか否かを判断していくことになります。<図2>に示す通り、製品損益責任者の周りには、販売管理、購入品管理、内製品管理、ロジスティックス管理、一般管理費管理などそれぞれの担当が構えており、バリューチェーンの各マイルストーンで、担当部門から提出された最新の見込み販売数量や販売収益、原材料費、労務費、投資額、営業経費などを用い、収益性シミュレーションが行われ、次のマイルストーンに進むべきか否かを製品損益責任者が判断します。仮に損益シミュレーションが予想に反するものであった場合、見直された複数シナリオのシミュレーションを同時に、かつ、短期間に実行することで、販売金額と製造原価の調整としてのスペックの見直し、全体最適による経費削減、リスクの再調整など具体的な施策の協議が可能となり、製品ライフサイクル損益の改善に貢献しています。

図2 B社の製品損益責任者体制

Ⅲ 意思決定に必要な情報を提供するプラットフォーム

1. VCF実現プラットフォーム

VCFの実行体制が人的リソースの面で担保されただけでは、VCFによる動的損益コントロールの実現にはまだほど遠い状況です。VCFではバリューチェーン全体での管理が行われるため、実現プラットフォームに集約すべきデータも複雑多岐にわたり、ボリュームも相当なものになります。業務システムが機能別に構築されている場合、データの入手も困難を極めます。また、当然、データを収集しただけでは意味をなさず、加工してレポート化するという膨大な作業を考えると途方に暮れてしまいます。それぞれのシステムや機能別に保持されている一般的な表計算ソフトによるデータの粒度は異なる場合が多く、結果としてVCFで提供されるレポートは抽象化された情報となってしまいがちです。そこで前章で触れたEPMシステムを利用し、労働集約的なレポーティングプロセスを自動化し、VCFを実現する企業が増えてきています。

EPMシステムは、直接入力フォーマット、またはシステムに内包されているETL(Extract, Transform, Load)機能を利用した他システムとの連携により必要なデータをリアルタイムに一元管理し、そのデータを使った複数のシナリオによる損益シミュレーション、配賦計算や連結計画管理までもスコープとする経営管理のシステムです。また、最近では、データをハードディスクで保管するのではなく、インメモリデータベースと組み合わせて管理することが可能なEPMシステムも増えており、高速なシステムレスポンスを達成しています。

ここで改めて、EPMシステムを利用したVCF実現に向けた課題を整理し、その解決策を説明します(<図3>参照)。

図3 VCF実現のための仕組み面での施策

2. クオリティに関連する課題と解決策

課題の1つとしてデータの精度が確保できないことがあります。企業において、一般的な表計算ソフトを用いた作業は欠かせないものになっていますが、こちらは非常に便利なツールゆえ、時に負の連鎖に陥ってしまうことがあります。個人個人でカスタマイズを繰り返し、結果として、膨大なデータを扱いながら関数によるセル間の複雑怪奇なリレーションが構築されます。さらに新しい業務が増えるたびにシートは追加され、数値間、シート間の連携はブラックボックス化されるため、担当者が不在の際、他の誰もメンテナンスができないような強烈な属人的業務を作り上げます。このようにして計算された製品ライフサイクル損益は到底精度の高いものとはいえません。

もう1つの課題として、仮説検証の深度があります。バリューチェーンを横断する損益は、各機能を横断して作成されるものですが、それぞれの業務特性、業務の成熟度が異なるため、データを収集することに多大な時間を要します。また、データ間の粒度が異なっていることや、容易に加工可能なデータ構造になっていないことにより、集計作業に時間がかかり、ひとまず計算したというレベルの製品ライフサイクル損益をまとめる作業までで時間切れとなってしまい、シミュレーションや分析するための時間が確保できないことが往々にしてあります。この状態では仮説検証を実施することができず、予測シミュレーションや動的損益コントロールによるアクションを生み出すことができません。

前述した通り、EPMシステムは直接のウェブブラウザ入力およびシステム内部での連携、バージョン管理により脱表計算ソフト依存を可能にし、また、インメモリデータベースと組み合わせることによって、劇的なシステムレスポンス向上が期待できます。そのため、システム上のボトルネックが解消され、VCFのための業務プロセスも大きく変化させることが可能となります。

3. コストに関連する課題と解決策

各機能においてそれぞれの目的・状況が異なるためデータの粒度やタイミングが異なることは致し方ないことなのかもしれません。例えば、製品マスター1つを取っても、企画開発段階と製造販売段階では保持できる粒度は異なるのが通例かと思われますし、製品直課できるコストが多い製造コストと比べて、一般管理費の多くは製品マスター上、最も粒度の粗い「全製品」・「共通」レベルでしかデータが持てないのが一般的です。一方、バリューチェーンで損益管理を行うためには、データの粒度やタイミングをそろえる必要があります。そのため、製品ライフサイクル損益を計算するためには、配賦計算が必要になります。しかし、多段階配賦や仮想値を使用した配賦といった複雑な配賦計算は、プログラムを作成する必要があり、システム開発コストの肥大化を招くことがあります。

一方で、EPMシステムに限らず、最近のシステムトレンドとしては、プログラムを作成して開発するというよりは、いわゆる設定ベースでの開発を主体とし、プログラムによるコーディングを極力避ける傾向にあります。そのため、システム開発の生産性向上とそれに連動する導入コストの削減・開発期間の短縮化といった効果が見込まれます。

4. デリバリーに関連する課題と解決策

バリューチェーン全体を俯瞰(ふかん)した目線で管理していくため、VCFを実現するプラットフォームを構築することは果てしなく長い道のりのように捉えられたかもしれません。確かに、企画、開発、製造、販売、アフターサービス、そして終売までの一連のバリューチェーンで損益管理する全体のプラットフォームを構築するのは、開発期間の短縮が可能だとしても一定の時間が必要であり、その間、目に見える効果を伝えることができないのであれば投資判断の承認を得ることも難しいものになります。

しかし、VCFのブループリントやマスター整理など初期段階でクリアしておくアイテムは幾つかあるにせよ、VCF実現プラットフォームは個別での導入が可能です。そうすることにより、早い段階での成果が確立され、プロジェクト進行の堅実感とステークホルダーへの説得力を高めることができます。

Ⅳ おわりに

前号からの2回にわたり、VCFというVUCA時代の不確実性の高い経営環境においても損益を動的にコントロールするというコンセプトを述べました。特に本稿においては、VCF実現のためのキーワードであるとともに、日本企業においても少しずつ認知度を高めている製品損益責任者およびEPMシステムについて事例を交えて紹介しました。

末筆になりますが、VCFは一度構築したからといって完成とはなりません。なぜなら、VUCAの時代においては常に不確実性が存在し、その不確実性に対応するため、企業はビジネスモデルすらも変える必要に迫られるかもしれないからです。例えば、新しい技術・テクノロジーの発展により今までにない新商品開発が可能になること、消費者の経済格差の拡大、サブスクリプション化による収益モデルの大改革など、そのような不確実性の中で動的に損益をコントロールしていくためには、変化への対応力も非常に重要なポイントです。製品損益責任者のリソース・スキル向上、EPMシステムの拡張性、さらには、バリューチェーン自体のフレキシビリティもVCF実現に欠かせないものとなります。その点も含めて構築されたVCFは、VUCAの時代であっても動的な損益コントロールを最大限生かし、結果として企業の競争力向上に寄与するものと考えています。

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サマリー

ビジネス環境の変化が激しく、不確実性の高い時代において、Value Chain Finance(VCF)による動的損益コントロールの重要性を述べた前号に続き、本稿では、VCFを実現し、ビジネス現場の意思決定を行っていくために必要な体制、情報およびプラットフォームについて事例を交えて説明します。

情報センサー2022年10月号

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※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。

 

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