EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
公認会計士 牧野 幸享
為替リスクの業績に与えるインパクトは、企業が置かれている経営環境やグループの事業展開方法等により異なりますが、営業取引に関連する部分に焦点を当てた場合、為替リスクへの対応に関連する会計上の留意点として、①予定取引に関するヘッジ会計の適用及び②棚卸資産の評価に関する論点が考えられます。
近年、日本企業を取り巻く市場環境が著しく変化しており、グローバル市場において、外国企業を含めた同業他社に対する競争力を維持、向上させるため、国内だけではなく、海外に積極的に事業展開する企業が増えています。このような状況下で為替相場が大きく変動することは、日本企業の競争力低下をもたらす大きな要因の一つとなっており、為替リスクを軽減し、コスト競争力をアップするため、海外への拠点移管を加速する動きもみられています。
海外での事業展開を拡大することは、連結ベースでの外貨建取引や外貨建資産・負債の増加につながり、財務数値に対する為替エクスポージャーの増大をもたらすことが考えられます。グローバルに事業を展開する企業にとって、為替相場の変動が連結業績に与えるインパクトは大きく、為替リスクに対応することが主要な経営課題の一つになっています。
企業が年間の損益予算を策定する際に、主要通貨について想定レートを設定し、外貨建取引や海外連結子会社の損益数値を当該想定レートで換算することで予算数値を算定することが一般的かと思います。
為替相場の変動が財務数値に与える一般的な影響は(図1)のとおりですが、想定レートと実勢レートとの乖離を最小限に抑えるため、生産拠点と販売拠点を同一の国に設置して仕入と販売の取引通貨を極力一致させることや、為替相場の変動に応じて販売・仕入価格が修正される価格決定方針を取り入れることが考えられます。しかし、これらにより為替リスクの全てをヘッジすることは難しいため、いわゆる「実需」目的で為替予約などのデリバティブ取引を併用することで、為替リスクによる財務上のインパクトを一定の範囲内に収めるオペレーションを取られている企業が多いと考えられます。
財務諸表に与える影響 |
財務諸表への影響の例示 |
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収益・費用及び資産・負債の換算通貨が異なることによる影響 |
外貨建販売・仕入取引自体のボリューム差及び外貨建債権・債務のサイト差による換算差損益の発生 |
連結F/Sの表示通貨=日本円であることに伴う海外関係会社の財務諸表項目の換算による影響 |
棚卸資産などの資産負債項目、売上高、利益などの損益項目の増減 |
為替リスクに関連する会計上の留意点を整理するにあたり、為替リスクに関連する有価証券報告書における開示の全体像(図2)を把握することは有用であると思います。
図2 為替リスクに関連する開示の全体像 有価証券報告書
為替リスクへの対応方法は、企業が置かれている経営環境やグループの事業展開方法等により異なりますが、事業上のリスク、MD&A(Management Discussion & Analysis:事業の状況「財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」)、財務諸表本表及び注記により、為替リスクの概要、リスク管理体制及び決算における為替損益やデリバティブ取引のボリュームを捉えることで、業績に与えるインパクトを分析することが可能になると考えられます。
本稿では、営業取引に関連する会計・開示上の論点である、①予定取引に関するヘッジ会計の適用及び②棚卸資産の評価に関する会計上の留意点と、金融商品関係注記の対象となっている為替リスク管理体制について見ていきたいと思います。
金融商品に関する会計基準では、将来の売上・仕入取引にかかる為替リスクをヘッジするために為替予約を締結した場合、ヘッジの効果を財務諸表に反映させるため、時価評価されているヘッジ手段(為替予約)に係る損益をヘッジ対象(将来の売上・仕入取引)に係る損益が認識されるまで繰延ヘッジ損益として繰り延べる会計処理が認められています。
ただし、将来の売上・仕入取引の発生時期、金額等の主要な取引条件が合理的に予測可能であり、かつ、それが実行される可能性が極めて高いことがヘッジ会計の適用要件とされています。
予定取引をヘッジ対象として、ヘッジ会計を適用する場合の会計上の留意点は次のとおりです。
①予定取引の精度
為替予約を締結するにあたり、営業部門や購買部門から売上・仕入予測に関する情報を入手し、予め定められているヘッジ比率の範囲内で予約金額を決定することになりますが、ヘッジ会計を適用するにあたっては、予定取引の精度を高めることが重要なポイントとなります。売上・仕入予測は、損益予算の精度と関連しますので、期中の予算実績差異分析の結果を予測に反映させる手続を適切に実行していくことが必要になります。
②予定取引が想定通り実行されない場合の取扱い
予定取引が実行されないことが明らかになった場合、「ヘッジ会計の終了」に該当し、繰り延べられていたヘッジ手段に係る損益を当該終了時点における損益として処理することが求められています。
しかし、得意先の都合で納期の後ろ倒しを求められるケースなど、ヘッジ対象である予定取引自体は消滅していないものの、ヘッジ対象の実現タイミングが遅れる場合に、ヘッジ会計の終了に関する会計処理を適用するか否かが論点になります。この点については、ヘッジ手段(例:為替予約)の期日延長が可能であり、かつ、得意先への販売が確実に行われるのであれば、ヘッジ対象が消滅するわけではないため、ヘッジ会計の終了には該当しないものと考えられます。
棚卸資産の評価に関する会計基準では、棚卸資産の期末における正味売却価額が取得原価よりも下落している場合、収益性の低下を財務諸表に反映させるために当該正味売却価額で評価し、取得原価との差額を評価損として計上することを求めています。
例えば、仕入先から米ドル建で商品を購入し、米ドル建で販売している取引条件で、リードタイムの関係で商品の回転期間が数ヶ月となる場合、為替相場が購入時から円高に推移している場合には、米ドル建ベースでは利益を確保できる価格設定でも円ベースでは赤字となる可能性があります。このような場合、保有在庫について評価損を計上する必要があるか否かが論点となります。
この点については、財務諸表の表示通貨が円である以上、米ドル建て販売価格を期末レート(又は期中平均レート)で換算した金額を正味売却価額とした上で在庫金額と比較することが原則的な評価方法になります。ただし、為替相場が円高に推移したことによるマイナス影響を得意先との米ドル建の販売価格改訂や仕入先からの値引という形で補填できる契約条件になっている場合は、実質的に収益性は低下していないものと考えられるため、評価損の計上は不要であると考えられます。例えば、国内製造業者等が商社等を経由して海外に製品を輸出する場合、製造業者と商社は円建ての取引を行っているため、通常は商社が為替リスクを負担しますが、この為替リスクの全部または一部を製造業者が負担することをあらかじめ契約している取引(メーカーズリスク)が行われるケースがあります。この場合、製造業者にとっては、為替リスク相当部分を個別品目ごとに把握することができるのであれば、円高によるマイナス影響を棚卸資産の評価に反映させる必要があると考えられます。
為替リスクの大きさは、グループ内の事業拠点の設置状況や取引数量・価格などの影響を受けますが、為替変動による財務諸表へのインパクトを一定の範囲に抑える目的で、デリバティブ取引を利用し管理することが多いと見受けられます。この点、グループ会社の為替ポジションを親会社に集約し、親会社の財務部門に専門性の高い為替リスク管理を一元化することで、リスク管理の効率性・精度を高めるとともに、計数管理の透明性向上を図るなどの手法を採用している場合は、金融商品関係注記の定性的情報を通じて、開示されることが考えられます。