出版業 出版業ビジネスの概要

2022年4月1日
カテゴリー 業種別会計

EY新日本有限責任監査法人 メディア・エンターテインメントセクター
公認会計士 内川裕介/吉野 緑

1. はじめに

(1) 出版業界のビジネスモデル

出版業界は、雑誌や書籍といった出版物を取り扱う業界です。雑誌や書籍といった出版物は、出版社が制作し、取次と呼ばれる卸会社を通じて、全国の各書店に流通し、一般消費者の手にわたります。

出版業界のビジネスモデル 図

それぞれのプレーヤーの主な役割は次のとおりとなります。

出版社 雑誌や書籍を制作する。
取次 出版社が制作した雑誌や書籍を全国各地の書店へ配本する。
書店 消費者に対して雑誌や書籍を販売する。

出版社は、取次に対して雑誌や書籍の販売を委託することになります。出版業界は、委託販売期間を経過して書店に売れ残った雑誌や書籍は出版社に返品されるという点に特徴があります。また、出版社の収入は、出版物の販売による収入だけではなく、雑誌の広告収入も重要な収入源となっています。

(2) 電子書籍へのシフト

近年は、スマートフォンなどの普及に伴い、コンテンツの提供は紙媒体に限らないものとなってきています。出版物のデジタル化も進んでおり、電子書籍に重点を置く出版社も増えています。

電子書籍の流通構造も、基本的に紙媒体と同様です。出版社が、紙媒体における電子取次に電子コンテンツを提供し、電子書店が消費者へ電子コンテンツを提供します。電子取次は紙媒体における取次の相当し、電子書店は書店に相当します。ただし、紙媒体と異なり、出版社が直接電子書店へ電子コンテンツを提供したり、出版社から消費者へ直接電子コンテンツを提供したりする場合もあり、電子書籍はさまざまな流通形態が存在しています。

電子出版の出版市場全体に占める割合は、2020年時点で約24.3%(出典:公益社団法人全国出版協会・出版科学研究所)となっています。出版物の形態は紙媒体に限らないものとなってきており、電子コミックを中心に市場規模は大きく拡大しています。

2. 事業の特徴

出版業界では、出版物について文化的価値が認められているという特徴があります。このような特徴に起因して独特の制度が設けられています。

(1) 再販売価格維持制度

出版業界における独特の制度として再販売価格維持制度(以下「再販制度」)があります。再販制度とは、「出版社が書籍・雑誌の定価を決定し、小売書店等で定価販売ができる制度」(出所:一社日本書籍出版協会)をいいます。雑誌・書籍には文化的価値が認められることから、安易な価格競争に陥り、出版物の内容が劣化し稚拙なものとならないよう、必要十分な原価を回収できるように設定された制度です。

しかし、公正取引委員会から再販制度の廃止の要望が度々出されています。現時点では同制度の廃止について世間の同意を得られていないことなどから、当面の間は継続されることとされていますが、今後再販制度が廃止される場合には、出版業界全体の構造に影響が出てくる可能性があります。

(2) 委託販売制度

1. (1)で述べたとおり、出版業界の特徴の一つとして委託販売制度があります。委託販売制度とは、出版社が取次に対して、一定期間販売を委託し、その期間内であれば出版社へ返品することができるという制度です。つまり、売れ残りの雑誌・書籍の在庫リスクは書店ではなく出版社が負うことになります。

この制度も、雑誌・書籍には文化的価値があることから、書店は売れ筋のものだけを取り扱うわけにはいかない、という趣旨のもとで成立しています。このような趣旨から、書店では多品種少量の雑誌・書籍を取り扱う必要があるため、返品を可能とすることで、書店が売れない雑誌や書籍は仕入れない、ということがないようにするための制度となっています。

委託販売制度は日本独特の制度であり、世界的には書店が取次を通さず出版社から直接雑誌・書籍を仕入れるという買い切り制度が主流となっています。買い切り制度では委託販売制度のような返品は前提となっておらず、書店が在庫リスクを抱えることになります。近年、国内でも買い切り制度を試験的に導入する書店が増えてきています。

3. 会計処理の特徴

(1) 収益認識基準の影響

出版業界では委託販売制度のもと、返品を前提とした返品条件付き販売となっています。そのため、従来は将来に返品が予想される金額に対して、返品調整引当金を計上するという会計実務が行われてきました。

2021年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度から、収益認識に関する会計基準(以下「収益認識基準」)が原則適用となっています。この収益認識基準の適用により、従来の返品調整引当金の計上は認められなくなり、新たに返金負債と返品資産の計上が行われることになります。

この返金負債の仕訳例を示すと次のとおりとなります。

(売上時点)

(売上時点)仕訳例
(売上時点)仕訳例2

ここで返金負債は、返品部分の対価が変動することになるため、顧客と約束した対価の一部が変動する可能性があり、収益認識基準における変動対価の見積りが論点となります。返金負債については、「顧客から受け取った又は受け取る対価の一部あるいは全部を顧客に返金すると見込む場合、受け取った又は受け取る対価の額のうち、企業が権利を得ると見込まない額について、返金負債を認識する」とされており(収益認識基準第53項)、どのような方法が返金負債の最善の見積方法になるかは、顧客との契約内容や実務慣行に照らして慎重に検討する必要があります。

また、返品資産とは、返金負債の決済時に顧客から商品又は製品を回収する権利(収益認識基準適用指針第85項(3))をいいます。この返品資産については、商品又は製品の価値の潜在的な下落の見積額も控除する必要がある点について留意が必要となります(収益認識基準適用指針第88項)。

収益認識基準の適用により、2018年度税制改正によって税法上の返品調整引当金も廃止されています。ただし、経過措置として、2018年4月1日において返品調整引当金制度の対象事業を営む法人の2021年3月31日までに開始する各事業年度について、改正前の規定による損金算入限度額による引当が認められるとともに、2021年4月1日から2030年3月31日までの間に開始する各事業年度については、改正前の規定による損金算入限度額に対して1年ごとに10分の1ずつ縮小した額の引当が認められています。この経過措置を適用した場合、会計と税務に差異が生じる可能性がありますので、税効果会計の適用に当たり留意が必要です。

(2) 単行本在庫調整勘定

書籍については、文化的な価値が認められることから、多品種少量の書籍をそろえてほしいという需要に応える必要があります。その結果、必然的に売れ残り在庫が発生することになります。税務上、その文化的価値が認められるという点に鑑みて、売れ筋の書籍ばかりを取り扱うことのないよう、一定の売れ残り在庫については評価損の計上が認められています。

この評価損として認められたものが単行本在庫調整勘定です。単行本在庫調整勘定は、決算期末日時点の売れ残り単行本の帳簿価額に対して、繰入率を乗じて算定します。繰入率は税務上定めがあり、売上比率と発行部数に基づいて比率を算定します。

会計実務上、この算定式が当該企業における在庫評価の実態と乖離(かいり)していないこと等を前提として、当該処理を参照する実務も多いと考えられます。

仕訳例を示すと次のとおりとなります。

(期末決算時点)

(期末決算時点) 仕訳例

なお、金額は決算期末日時点で洗い替えを行い、表示は棚卸資産に対する評価勘定として製品勘定から直接控除するという会計実務が多くなっています。

(3) 電子書籍の会計処理

出版物のデジタル化に伴い、紙媒体ではなく電子コンテンツの販売も増えてきています。電子コンテンツは、電子取次や電子書店から販売報告書を受け取ったタイミングで収益認識を行うという、いわゆる仕切精算書到達日基準を採用して収益認識する場合が多いと考えられます(企業会計原則注6)。

仕切精算書到達日基準では、例えば3月の売上報告は4月に入ってから報告書が届くため、4月に3月分の売上高が計上されているといった会計実務が多いと考えられます。すなわち、1カ月遅れで売上高を計上することになります。

収益認識基準の適用によって、当該会計処理が引き続き認められるかは慎重に検討する必要があります。

また、紙の書籍や雑誌は一時点で取次に出荷されることから、売上高は一時点で計上されることになります。そのため、対応する売上原価も同時点で一時に計上されることが多いと考えられます。しかし、電子書籍は、電子書店等にコンテンツが掲載されている限りは販売が継続し、一時点での売上ではなくロングテールでの売上となります。したがって、電子書籍の制作原価をどのように計上するべきか、販売の実態に鑑みて慎重に検討する必要があります。

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