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EY 新日本有限責任監査法人 ソフトウェアセクター
公認会計士 小林 祐
ソフトウェアは、経済活動を支えるインフラとして欠かせないものであり、情報通信技術(ICT)が著しく進化している現在においては、どのようなビジネスを営んでいても必要な存在になっていると言えます。
また、インターネットの発達に伴いプラットフォーム側のビジネスの発展や昨今ではweb3.0時代の新たなビジネスなど、ソフトウェアを取り巻く経済環境は日々刻々と変化している状況です。
研究開発費等会計基準では、ソフトウェアとは、「コンピュータを機能させるように指令を組み合わせて表現したプログラム等」と定義されており、ソフトウェアの範囲は、①コンピュータに一定の仕事を行わせるプログラム、②システム仕様書、フローチャート等の関連文書と定められています。
このように、会計上は「プログラム」のみでなく、「文書」も含まれることに留意が必要です。なお、動画、画像等のコンテンツはソフトウェアの処理対象となる電子データであり、ソフトウェアの範囲には含まれません。
ソフトウェアにはさまざまな特徴がありますが、例えば以下のような特徴が考えられます。
ソフトウェアは目に見えない「無形」のものであるという特徴が、まず挙げられます。
ソフトウェア制作には開発を伴い、通常一定の「制作期間」を有することとなります。
制作期間を有するため、仕様変更や取引内容の「変化」が生じることとなります。一定の制作期間において、仕様等が変化するため、開発費用の見積りや収益獲得の確実性等を困難にすることがあります。
日本のソフトウェア業界における取引慣行の特徴として、「多重段階請負構造」が挙げられます。こうした多重段階請負構造の存在は、無形であることや仕様の変化といった特徴とともに、さまざまな会計的な課題を生じさせることがあります。
ソフトウェアは現代の経済活動において不可避な存在であり、どのようなビジネスにおいても登場する概念となっております。AI(人工知能)の実用化やIoT(インターネット・オブ・シングス)、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)により、あらゆる業界においてデジタル技術を用いたビジネスの変革が起きています。それに伴い、ソフトウェアの利用方法も、従来のオンプレミス型の利用からクラウド型の利用となり、サービスの提供方法も、物理的なパッケージ販売からSaaS型提供になる等、多様なソフトウェアに関連する取引が生じています。こうした「ビジネスモデルの急激な変化」は、従来の会計基準、会計処理では想定されていない状況を生み出す可能性があります。
これらのソフトウェアの特徴から、主として、以下の会計上の課題が挙げられます。
ソフトウェアが「無形」であることから、当事者以外の第三者が取引の実在性を客観的に証明することは、通常容易ではありません。また外部の立場からソフトウェアの制作状況や内容を確認することは難しいことから、恣意的な資産評価を完全に排除することは、一般的に困難であるといえます。ユーザーとの契約が締結されないままソフトウェアの制作が進むケースも、実務においては見受けられます。
また、多段階請負構造の存在とソフトウェアの「無形」という性質に起因して、会計上の課題として、例えばソフトウェア資産の計上範囲(研究開発費の処理)、架空の売上計上や、原価付替等が挙げられます。
取引の過程において、仕様変更などの取引内容の「変化」が生じますが、その「変化」を想定したリスク管理やリスク評価について、ソフトウェアのユーザーとベンダーとの間で具体的な合意形成をすることは容易ではなく、合意してもその内容は不明瞭になってしまうという課題です。特にソフトウェア業界では、ソフトウェア制作着手後に詳細な仕様を詰めていくケースが、いまだに多く見受けられます。
この課題を示す会計上の事象として、固定資産の減損や受注制作ソフトウェアの赤字案件の発生が挙げられます。
また、ソフトウェアが「無形」であることに起因して、売上取引や外注費に関する取引価額の経済合理性を判断することには困難性が伴います。このため、取引先と共謀することで、経済的に不合理な価格決定が恣意(しい)的に行われたり、あるいは不適切な循環取引が行われてしまう可能性があります。
ソフトウェアが「無形」であるという特質、及びソフトウェア取引における「仕様の変化」という特質に鑑みれば、収益はより明確なエビデンス等に基づいて認識する必要があります。
この課題を示す会計上の事象として、例えば、不適切な検収による売上の早期計上、不適切な契約の分割による売上計上が挙げられます。形式的に検収書が発行されているものの、成果物の仕様や機能等が契約通りになっていなければ、結果として収益が不適切な時期に認識されることとなります。
また進捗(ちょく)度に応じた収益認識(旧工事契約会計基準における工事進行基準)において、仕様や契約が変化することに伴う原価総額の見積りの困難性や、原価総額を不適切に調整することで、収益が過大に計上されるリスクも考えられます。
上記(1)~(3)の課題が、複合的に関連した事象です。具体的な事象として、純額表示すべき仲介取引に関する売上高を、総額表示することで、財務諸表をゆがめてしまう可能性が挙げられます。例えば複数企業が関与する取引が多く見受けられる中で、在庫リスクを事実上有していない場合は、収益を総額ではなく手数料相当額を純額で認識することを検討する必要があります。
また、1つの契約の中に複数のサービス要素が含まれているにもかかわらず、契約書には「システム一式」等の記載しかなく、個々のサービス要素の内訳が明示されていない場合など、複数の取引行為が同一の契約書等に記載されているケースがあります。こうしたケースでは、契約における履行義務の識別や取引価格の履行義務への配分が困難となり、売上計上が適正になされない可能性があります。
ソフトウェアユーザーの志向が、従来の「資産の所有」から「資産の使用(サービスの享受)」へ変化していくにつれ、現在ではクラウドの導入やIoT、フィンテック等の発展が進んでいます。
これに伴い、ベンダー側や上記サービスを展開する企業においては、外部にサービス展開するためのソフトウェアを資産計上することになります。情報技術の著しい進化や、昨今における海外事業者との激しい競争下においては、ソフトウェア資産の償却年数の決定、あるいはソフトウェア資産に関連する資産性の検討といった会計上の課題が出て来ています。
またソフトウェア開発においては、従来型の「ウォーターフォール開発」の他、「アジャイル開発」という手法が採用されるケースが増えています。「アジャイル開発」は、制作対象を多数の小さな機能に分割し、その反復によりそれぞれの機能の制作を行い追加していく手法です。「ウォーターフォール開発」は、「要件定義」「設計」「テスト」等の作業工程を経て行われ、制作期間は数カ月から数年と長期になる場合が多いですが、「アジャイル開発」は要求仕様の変更等に機敏に対応する手法であることから、制作期間は週~月単位と短い場合が多いといわれています。
この「アジャイル開発」に関する会計上の課題として、 開発コストの資産計上範囲があげられます。要求変化に柔軟に対応できる手法であるため、開発された機能が利用されないケースも生じる可能性があります。当初想定していた機能が利用されないことが明らかになった場合には、会計上、開発コストを資産計上することは難しいと考えられます。また、利用することが確実でない機能に関する開発コストを資産計上することは同様に難しいと考えられます。
クラウドやIoT、アジャイル開発など、新しい取引やソフトウェア開発の形態等が発生した場合には、取引の内容を見極めた上で、どのような会計処理が妥当か、慎重に検討する必要があります。
ソフトウェア業