EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
辻山 栄子
早稲田大学名誉教授、博士(経済学)、公認会計士
Entrepreneurial Winning Womenの企画・協力で、旬刊経理情報に『女性リーダーからあなたへ』を連載しています。2021年3月1日増大号に掲載された記事をご紹介します。
最近、女性活躍に関連したテレビ番組等で、女性をめぐる「アンコンシャス・バイアス」という言葉を時々目にします。アンコンシャス・バイアスとは、文字通り無意識の偏見を意味しますが、より具体的には、女性の職場進出が進む中でも職場の男性側の意識の中に依然として根強く残っている女性への「無意識」の偏見に対する啓蒙的な文脈で語られているようです。
振り返ると、今から50年も前に私が大学に在籍していた頃の商学部の女子学生比率は僅か1パーセント。今では30パーセントだと聞くと隔世の感があります。高卒はもちろん大卒の女子学生の進路にも「家事見習い」という選択肢が普通に含まれていました。たとえ男子学生に伍して就職しても「寿退社」が羨ましがられていた時代です。
しかし個人的には、商家の大所帯を切り盛りする母の背中をみて育ち、子供の時から女性でも一生働くことが当然だと思っていましたから、専業主婦になる気など毛頭ありませんでした。自由放任で育てられた9人兄弟のなかの女子では珍しく大学進学を選んだのも、これからの時代に女性が働き続けるためには大学教育が必要だと思えたからです。
そういう時代でしたから、資格に守られて一生働き続けられる公認会計士は、女性の職業としてとても魅力的に映りました。ところが、運よく試験には現役合格できたものの、そこから先は今では想像もつかないグラスシーリングならぬグラスウォール(ガラスの壁)が立ちはだかっていました。日本の女性公認会計士はまだ全国でも20人ほどでしたから、珍しがられることはあっても、差別はいたるところにありました。早稲田大学出身の女性会計士第1号になったものの、公認会計士として就職する際にもその後に大学教員として職を得る際にも、女性であるという理由で何度も門前払いに遭いました。以来、女性であるために苦労したことは数えきれませんが、初の女性教員、初の学部長、初の研究科長等々、いま改めて振り返ると、その後はかえって希少価値だけが取り柄で生き延びてきたような気もしますが…(笑)。
しかし時代はめぐり、いまや女性活躍の時代。企業の就職でも、審議会委員や上場企業の社外役員、さらには大学教員の人選でも、一定の女性比率が求められている時代です。まさに女性にとっては追い風の時代といえるでしょう。しかし同時に、この追い風の時代だからこそ肝に銘じておくべきことがあるように思えてなりません。「アンコンシャス・バイアス」は、それが指摘されはじめた時にではなく、誰もが本当に無意識か、誰も自由に口にできない時にこそ深刻なのだということを。
目を凝らすと、世の中にはまだまだ至るところに差別や偏見が潜んでいます。多様性が叫ばれ、女性の権利が声高に叫ばれている今だからこそ、いまや追い風の恩恵にあずかっている女性の一人として、世の中の奥深くに潜んでいるアンコンシャス・バイアスに最も自覚的な者であり続けたいと願う今日この頃です。
(「旬刊経理情報」2021年3月1日増大号より)
辻山栄子(つじやま・えいこ)
早稲田大学名誉教授、博士(経済学)、公認会計士
早稲田大学商学部卒業、東京大学大学院で博士号取得。朝日会計社(現あずさ監査法人)、茨城大学人文学部・武蔵大学経済学部・早稲田大学商学学術院教授等の勤務を経て、現職。国税審議会会長、企業会計基準委員会委員、公認会計士・監査審査会委員、金融審議会委員、三菱商事社外監査役等を歴任。現在はNTTドコモ社外取締役、ローソン社外監査役等を務めている。