9 分 2020年5月26日
ノルウェーのフィヨルドでカヤックをする女性

パンデミック後の世界で政治リスクを管理するには

執筆者 Courtney Rickert McCaffrey

EY Global Geostrategic Business Group Insights Leader

Geopolitical analyst and strategist. Creative methodologist. Proud feminist. Passionate about generating insights to help executives make better-informed decisions.

9 分 2020年5月26日

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リーダーは今こそ、組織の未来を再構築するために地政学的戦略リスクをどのように評価し、それに対処していくかを考える必要があります。

Local Perspective IconEY Japanの視点

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行を受けた政府の新たな政策などによって、日本企業もまた、多くの影響を受けています。

例えば、新型コロナウイルス感染症によるサプライチェーンの混乱などを受けて、日本政府は国内投資促進プログラムを打ち出しました。その先行審査では57件の事業が採択され、政府はそれら事業の海外生産設備の国内移転のために総額574億円を補助する予定としています。1

また、在宅勤務が拡大する状況を踏まえ、内閣府の規制改革推進会議は企業の賃金・雇用体系について、「雇用関係の規制や年功序列型賃金など従来型の雇用制度・慣行を見直すべきだ」との提言を行い、企業に対して、雇用の枠組みを大きく改革するよう促しています。2

日本企業による対外直接投資が急増し、海外の生産拠点数が大きく増加したのは1980年代からであり、また、日本企業の年功序列型賃金制度はそれよりもさらに長い歴史を持っています。

したがって、今、足元で日本企業に起きようとしていることは、目の前の新型コロナウイルス感染症の影響に対応するための小さな「調整」ではなく、数十年以上にわたって、日本の経営の柱となってきた事業方針の大きな「転換」と言えます。この転換を主導または加速させる政府の政策変化などを適切に対処できるか否かは、長期的な企業のサバイバルにとって、極めて重要な意味を持つものと思われます。

 

  1. 「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金の先行審査分採択事業が決定されました」 METI/経済産業省ホームページ https://www.meti.go.jp/press/2020/07/20200717005/20200717005.html(2020年9月16日アクセス)
  2. 第7回規制改革推進会議「デジタル時代の規制・制度について」https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/committee/20200702/200702honkaigi03.pdf(2020年9月16日アクセス)

 

 

現地の視点

小林 暢子
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 EY Asia-Pacific ストラテジー エグゼキューション リーダー

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックによって、世界は大きく変化しました。それぞれの個人や会社、政府が新たな現実に適応していく中で、競争優位性を組織にもたらすことができるのは、それに伴い⽣じるリスクを管理する態勢を整えたリーダーです。すなわち、リーダーには、パンデミックによる大きな社会変化のプラス⾯を把握し、組織の未来を再構築する能⼒が求められます。

新型コロナウイルス感染症収束後の社会で特に重要視すべき問題は、政治リスクです。地政学的戦略を持つことが企業にとってかつてないほど重要になりつつあり、企業は幅広いリスク管理、戦略、ガバナンスのアプローチに政治リスク管理を組み込む必要があります。

次の段階に向けて組織を率いるにあたり、リーダーはリスク管理の枠組みを⼀新しなければなりません。EYは近年、1,000人を超える最高責任者クラスの経営幹部を対象に調査を実施し、分析結果をGeostrategy in Practice 2020(PDF、英語版のみ)にまとめました。この報告書から得られる知見は、リスク管理の枠組みを再検討する企業にとって参考になるでしょう。この調査はパンデミックが起きる前の2019年第4四半期に実施しましたが、企業のリーダーたちが各社の用いているツールや対策を把握し、政治リスクを軽減するために必要な対策ができているかどうかを判断する起点となるはずです。

評価するポイントは、以下の5つです。

1.企業が直⾯する政治リスク

ウォートンスクールのWitold Henisz教授と共同でEYが行った調査の結果、政治リスク(企業投資や経済的成果の期待値を変える政治的事象)の発生率は、近年全体的に急激に上昇し、2016年~2018年の期間には第二次世界大戦後最高の水準に達したことが分かりました。しかし、新型コロナウイルス感染症のパンデミックとそれに伴う地政学的緊張、そして政治環境の不安定化により、政治リスクの発生率がさらに大きく上昇する可能性が⾼まっています。

政治リスクは、地政学的リスク、カントリーリスク、規制リスク、社会的リスクの4つに分けることができます。カントリーリスクと地政学的リスクについて、自社への影響が「非常に大きい」「大きい」と回答した経営幹部はそれぞれ68%と62%に達しています。これは、規制リスク(47%)と社会的リスク(37%)を大幅に上回る数字です。

  • 政治リスクとは

    • 地政学的リスク︓ある特定の政策分野で国の利害が衝突したとき、あるいは国際システム全体で大きな構造変化が起きているときに⽣まれる
    • カントリーリスク︓当該国の政治環境、政府や組織・機関の安定性、法令が、その国に拠点を置く企業に測定可能な経済的影響を及ぼしたときに⽣まれる
    • 規制リスク︓国際政府、各国の中央政府・地⽅政府が環境、健康・安全、⾦融市場などの規制の規則や実施内容を変更したときに⽣まれる
    • 社会的リスク︓労働組合から消費者団体に⾄るまで、さまざまな団体がボイコットや抗議運動などの社会的⾏動を起こし、それが市場や世界的に事業を展開する企業に影響を及ぼしたときに生まれる

この評価は、規制リスクと社会的リスクの影響を実際より低く見積もっている可能性があります。Wharton Political Risk Labのリスク事象データベースでは、2019年第4四半期に記録された政治リスク事象のうち規制による影響、あるいは法的な影響は圧倒的に大きく、73%に上っています。また、政治リスクは社会的リスクから発⽣することが多い⼀⽅、別の形になって初めて、企業に影響を与えます。例えば、ポピュリズムが国策に影響したり、保護主義が地政学的関係に影響を与えたりすることが挙げられます。後者の状況がよく表れているのが、個人用防護具など医療現場に不可欠な物資に対する最近の輸出規制です。

今後5年間で最も⼤きな影響を⾃社に及ぼす地政学的問題としてグローバル企業の経営幹部が挙げた問題のトップ3は、国際システムの中で⽶国が果たす役割の変化、欧州連合(EU)の安定性、⽶中関係です。新型コロナウイルス感染症の危機は全世界に広がっており、これが今後、緊張と政治リスクを⼀層⾼めることは間違いありません。

政治的なリスクを管理するにあたっては、チェックリストを確認するだけで満⾜してはいけません。さらに一歩踏み込み、地政学的戦略を実行する必要があります。

2. 政治リスクが企業に及ぼす影響

ニューノーマルで起きる可能性のある大きな社会変化を正確に予測して備えを強化し、その影響を軽減することができるよう、経営幹部は政治リスクが与える影響を企業の全活動にわたって把握する必要があります。

政治リスクの影響を最も受けると経営幹部が考えている分野は、戦略とM&Aです。調査対象の経営幹部の60%近くが、この2部門が受ける影響が「大きい」「非常に大きい」と回答しました。約半数の経営幹部が同様に影響が大きいと述べたのは、販売・収益、コーポレートファイナンス、財務です。このように幅広い企業活動が大きな影響を受けることを踏まえると、政治リスクは企業のリスク耐性に多大な影響を及ぼす可能性があります。

⼀⽅で、政治リスクの影響をさほど受けないと経営幹部が評価しているサプライチェーン、研究開発・知的財産、⼈事の3つの事業部⾨にも注⽬が必要です。パンデミックを受けて、これらの部⾨全ての事業に各国政府による政策の影響が及ぶにつれて、経営幹部のこのような評価は今後変わっていく可能性が⾼いと⾔えます。例えば、すでに影響が出つつあるのが、開発中のワクチンの知的財産権です。また、いずれの国の企業も政府によるロックダウンに対応するため、⼈事に関する⽅針の早急な転換を迫られています。特に採⽤・新⼈研修プロセスをオンラインで⾏うことや、在宅勤務の奨励・義務化などは当分の間、継続されるケースが多いかもしれません。


3. 政治リスク管理を誰が担当するか

誰が特定のリスクの管理を担当し、その説明責任を負うのかを決めることは必要不可⽋であり、それは、政治リスクについても同様のことが言えます。地政学的戦略を実⾏し、成果を得るためには、政治リスク管理の担当者、委員会、部⾨を置くことを推奨します。また、同時に、政治リスクを把握し、それが事業に及ぼす影響の評価や、その軽減策の実施に部⾨の枠を超えて取り組む権限を、その担当者などに付与することも重要です。


政治リスク管理

70%

の経営幹部が、政治リスク管理の責任者を決めていると回答しています。

経営幹部の実に70%が、政治リスク管理の担当者または部⾨を決めていると回答しています。これは⼼強い結果です。もっとも、これは世界全体の数字であり、ここからは重要となる地域差を読み取ることはできません。地域別で⾒ると、政治リスク管理の担当者がいると回答した企業は、アジア太平洋と欧州が80%以上であるのに対し、⽶州は51%にとどまっています。

政治リスク管理の主たる責任の所在がどこにあるのかについて、世界各国の経営幹部の見解は分かれています。EYの調査から、実にさまざまな事業部門が政治リスク管理を担当していることが分かりました。最も多くの回答者が担当部門として挙げたのは、リスク管理部門と財務部門です。とはいえ、いずれも回答者全体の約4分の1にすぎません。半数の企業については、実にさまざまな部⾨などが担当しています。

担当部⾨や担当者に対しては、部⾨の枠を超えて取り組むことのできる権限を付与し、全ステークホルダーのために戦略を効果的に調整できるようにすることが推奨されます。⾃ずと、CROやCFO、あるいは部⾨の枠を超えた戦略的権限を付与された担当者や部⾨が、政治リスク管理の調整を担当することになるはずです。

4. 政治リスクの管理に利用できるツール

新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、どのようなリスク管理ツールが最も効果的なのかという点に注⽬が集まるようになってきました。今回のパンデミックを受けた政府の政策対応がパンデミック後のニューノーマル形成の一翼を担うことを踏まえると、その中でも政治リスク管理ツールが最も重要になることは間違いありません。

企業がすでにさまざまな政治リスク管理策を講じていることが経営幹部の回答から明らかになりました。この管理策として最も多かった回答は、政治リスクを全社的リスク管理(エンタープライズ・リスク・マネジメント、ERM)の枠組みとプロセスに組み込むことです。85%の経営幹部が、すでに対応が完了していると述べています。それ以外で特に多かったのは、政治リスクの経営への影響の評価と、政治経験のある⼈物を取締役や上級職として招聘することでした。

政治リスク管理

89%

の経営幹部が、シナリオ分析を利用しているか、あるいは有用なツールと認識しています。

40%以上の企業が、10以上の政治リスク管理策を講じています。ただ、そうした管理策を講じて政治リスク評価をリスク管理、戦略、ガバナンスに組み込むことによって、いわゆる地政学的戦略を打ち出すのか、あるいは、それぞれの対策を次々と単発で講じて断⽚的なアプローチを取るのかについては、あまり明確になっていません。

経営幹部も、まだ改善の余地があると考えています。政治リスク管理で「非常に大幅に改善の余地がある」「大幅に改善の余地がある」とされた業務で多かったのは、シナリオ分析、政治リスクの発生要因に関するデータの収集、政治リスクに関するインサイトの外部からの入手です。

また、「現在利用している」「今後利用したい」政治リスク管理ツールとしてシナリオ分析を挙げた経営幹部は、89%に上りました。企業が現在、そして新型コロナウイルス感染症を乗り越えたその先の将来で成⻑を遂げるための準備を進める中で、シナリオ分析で得ることのできる戦略的⾒通しの重要性は⼀段と⾼まっています。経営幹部が同様に重視している政治リスク管理策は、早期警戒指標など政治リスクの発生要因に関するデータの収集と、政治リスクに関するインサイトの外部からの入手の2つです。政治リスク分析は主観的に陥りがちなため、さまざまな観点から意⾒を集めることが役⽴つ場合があります。このため、一層重要となるのは後者です。

5. 政治リスク管理は果たして、会社経営のあり方の中核をなすのか

政治リスク管理の強化に不可欠な要素として過半数の経営幹部が挙げたのが、ガバナンスの向上です。経営幹部が政治リスク管理能⼒を「⾮常に⼤幅に向上させることができる」「⼤幅に向上させることができる」と考えているガバナンスの要素は3つあります。彼らの半数余りが、社内の縦割り問題を克服するためのインセンティブとプロセスの整備、政治リスクに関するコミュニケーションプロセスを状況に合わせて変えること、主要部⾨全体で政治リスクについての理解を深めることにより、リスク管理能⼒を強化できると述べています。

ここで注⽬すべきは、政治経験のある⼈物を取締役や上級職に招聘したと回答した企業(全体の76%)の66% が、依然として縦割り組織の問題に苦しんでいる点です。政治リスクに関する専門知識を取り込むだけでは十分ではありません。その専門知識を組織全体で広く共有する必要があるのです。

実際、EYが先ごろ発表したCEO Imperative Study(英語版のみ)も、経営幹部は縦割り主義を打破し、組織の機敏性を⾼める必要があると強調しています。政治リスク(あるいは関連する外部リスク全て)の管理には、部門の枠を超えた全社的なアプローチが必要です。縦割り主義を打破することで、政治リスクについて全ての部⾨間でコミュニケーションを向上させ、理解を深めることができます。これにより、残り2つのガバナンスの要素も改善することができます。

結論

現在発⽣している、あるいは今後待ち受ける数えきれないほどの政治リスクに直⾯する今、経営幹部はリスク管理の責任者を決め、適切なツールを利⽤して、政治リスク管理を会社経営のあり⽅の中核に組み込む必要があります。

政治リスクの⾼まりが引き起こすサプライチェーンの混乱や収益減少に受け身になる必要はありません。EYが実施した調査の結果は、政治リスクの管理が可能なことを示唆する内容でした。グローバル企業の経営幹部の51%が政治リスクが⾃社に及ぼす影響は2年前に⽐べて⼤きくなっていると回答した⼀⽅で、50%がこれを自社で効果的に管理することができると⼤きな⾃信を⽰しています。ただし、大多数の経営幹部がガバナンスの課題を把握していることを踏まえると、この自信が根拠のあるものなのかどうかは定かではありません。政治リスク管理対策にあたっては、チェックリストを確認するだけで満足してはいけません。さらに一歩踏み込み、幅広いリスク管理、戦略、ガバナンスのアプローチに政治リスク管理を組み込んで、地政学的戦略を実行する必要があります。

新型コロナウイルス感染症は、経営幹部が地政学的戦略を策定・実⾏して政治リスク管理を強化し、企業のリスク耐性を⾼めるチャンスをもたらしています。企業はそのチャンスを生かすことができれば、短期的には、今回のパンデミックをきっかけとした政府の政策と地政学的関係の変化に伴うリスクを軽減することができ、⻑期的には、パンデミックを受けて⽣じるいかなるニューノーマルにも適応する⼒をつけることができます。

政治リスクを軽減するには、企業は部門の垣根を取り払った体系的なアプローチを採用し、地政学的戦略を企業文化に組み込む必要があります。そうすることで、政治リスク管理の位置付けを周辺業務から基幹業務へと移⾏させ、企業のリスク耐性を⾼め、現在の新型コロナウイルス感染症がもたらすパンデミックと、今後⽣じるあらゆる政治リスクに対応できるようになるはずです。

サマリー

新型コロナウイルス感染症収束後の社会では、政治リスクが焦点になります。リーダーには、組織が直面する政治リスクとその影響を評価し、リスク管理の担当、利用できるツール、ガバナンス構造における政治リスク管理の位置付けを決めることが必要です。

この記事について

執筆者 Courtney Rickert McCaffrey

EY Global Geostrategic Business Group Insights Leader

Geopolitical analyst and strategist. Creative methodologist. Proud feminist. Passionate about generating insights to help executives make better-informed decisions.

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