2021年5月19日
地政学戦略から見た10大リスク:新興国の債務問題

地政学戦略から見た10大リスク:新興国の債務問題

執筆者 EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社

複合的サービスを提供するプロフェッショナル・サービス・ファーム

EY Strategy and Consulting Co., Ltd.

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2021年5月19日

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックで一層深刻化した新興国の債務問題は、ビジネスにどのような影響をもたらすのでしょうか?

要点

  • 新興国の対外債務は、パンデミック前からその水準が上昇していましたが、新型コロナウイルス感染症の拡大によって、危機に陥る国はさらに増加しました。
  • パンデミックが長引くほど、債務再編を妨げるリスクまたは債務不履行となる危険性が高まることになります。
  • 地政学を踏まえた戦略的判断は、多国間・二国間債務の再編にもより大きな影響を与えることになります。中国は、多くの新興国にとって最大の債権国であるため、資金繰りが厳しい国の債務再編に対する中国の対応が1つの鍵となります。

新興国の対外債務は、現在、およそ11兆米ドルに上ります。パンデミック前から債務の水準は上昇しており、例えば、アルゼンチン、エクアドル、レバノン、スリランカは債務不履行のリスクに直面していました。新型コロナウイルス感染症の拡大によって、危機に陥る国はさらに増加しました。特に、中国の「一帯一路」構想に含まれる多くの国は多額の累積債務を抱えており、債務額が大きい国には、パキスタン、アンゴラ、エチオピアなどがあります。2020年4月、適格国に短期の救済措置を提供する目的で、G20の債務支払猶予イニシアティブ(DSSI)が立ち上げられました。しかし、危機が継続する中で、追加債務の調達不能に関する懸念から一部の国がイニシアティブへの参加を辞退したことから、同年11月、G20およびパリクラブ(主要債権国会議)の債権国グループは、より幅広い債務救済の共通枠組みを追加的に発表しました。

債務救済を求める国や債務不履行に陥る国が増えているのが現状であり、これらの国が持ちこたえられるかどうかの限界点は近づいているといえます。国際通貨基金(IMF)によると、新興国の政府債務は、2019年においてGDP比で52%でしたが、2021年には64%に増加する見込みです。国際金融協会(IIF)は、2021年中に約4兆米ドル相当の新興国債務が期限を迎えると推定しており、うち18%近くが外貨建てとなっています。主要な新興国の中で、資金調達が最も脆弱だと見られるのはブラジル、インド、メキシコ、南アフリカです(図9)。

現在の債務危機は、以前より範囲が広がっており、融資の種類もさまざまです。このため、解決⽅法は国や融資ごとに異なると⾒られ、政府が⺠間⾦融機関と個別交渉する法的⼿続きが⻑期に及ぶ可能性があります。この点、2021年は新たな新興国債務危機の始まりにすぎないということもできるでしょう。解決の⾒通しは、パンデミックによっても複雑化しています。特に、コロナ禍が⻑引くほど、再編を妨げるリスクまたは債務不履⾏となる危険性が⾼まることになります。各国政府は、医療やその他の社会保障事業の提供より債権者への⽀払いを優先している、と国民などから⾒られることは避けたいと考えるでしょう。例えば、2020年、ブラジルの対GDP⽐債務残高は100%近くまで急増しましたが、2022年の選挙のタイミングまでに⼤規模な引き締め措置が取られる可能性は低いと⾒られます。このように多くの新興国政府は、救済措置や公共投資を含む必要サービスの提供を継続できるように、財政上の猶予を獲得することに専念すると⾒られ、結果的に危機を⼤幅に⻑引かせることになるでしょう。

地政学を踏まえた戦略的判断は、多国間・⼆国間債務の再編にも、より⼤きな影響を与えることになります。中国は、多くの新興国にとって最⼤の債権国であるため、資⾦繰りが厳しい国の債務再編に対する中国の対応が1つの鍵となります。欧⽶政府からの協調を求める圧⼒を受けた中国は、DSSI適格国に対する⼀部の債務返済猶予をすでに発表しており、危機が続いた場合、さらなる再編を⾏う意思を⽰しています。

ビジネスへのインプリケーション

  • 消費者向けの事業の収益が減少し、成長見通しが低下する恐れがあります。消費財・製造業・モビリティ領域の消費者向け事業は、通貨安と購買力低下の影響で、新興国(特に債務不履行国)での収益が減少すると見られます。企業がこのような影響を受ける可能性が最も高いのは、対外債務レベルの高い国(ザンビア、ウクライナ、トルコ、メキシコなど)と、2021年において既存債務の返済に多額の資金が必要な国(南アフリカ、トルコなど)です。
  • 新興国の中でリスクプレミアムに大きな差が生じることが⾦融領域での投資に影響を与えるでしょう。新型コロナウイルス感染症のパンデミック、政府財政、経済的⾒通しの不均⼀性が⾼まっているため、⾦融領域においては、新興国での債権の動きを注意深くモニタリングし、減損リスクを適切に把握した上で、ハイイールド債等への投資判断をより慎重に行う必要があります。⼀⽅、業績の良い新興国企業は、⾼い総資産利益率を求める投資家にとって⼤きな機会となる可能性があります。
  • 政府の債務に対する不安は、企業の財政・税負担に短期・⻑期的影響を及ぼします。新興国企業が外国資本を利⽤できるかどうかは、主に⾃国政府と国際的債権者との関係によって決まります。このため、債務負担の⼤きい新興国で資本を調達する企業は、資本コストの増加に備える必要があります。多くの政府は景気回復を妨げることを回避しようとする⼀⽅、⾼い債務レベルと追加財政⽀援が必要になることにより、多くの新興国で今後数年のうちに企業の税負担が上がる可能性は⾼いでしょう。

地政学戦略を踏まえた対応の例

  • 新興国の主要消費者セグメントによる支出が減少した場合の関連事業の収益への影響を評価する
  • 自社の国際的な事業展開に欠かせない新興国で資金調達に課題が生じた場合を念頭に、運転資金を確保するためのシナリオまたは不測の事態に備えた計画策定に取りかかる
  • ソブリン危機による流動性および本国への資金回帰の影響を管理するための危機管理体制を整備する
  • 潜在的な新興国債務危機が事業計画に与える影響について検討し、関連国の債務状況を対象とした早期警告システムを導入する

サマリー

新興国の債務問題は、新型コロナウイルス感染症の拡⼤によって危機が増幅されており、パンデミックが⻑引くほど、債務不履⾏などのリスクが⾼まることになります。多くの新興国にとって最⼤の債権国である中国の対応も鍵となるため、地政学的な要素も加わり、問題は複雑化しています。

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執筆者 EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社

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