持続不可能な医療提供モデルに警鐘を鳴らす医療従事者の思いに応えるには?

執筆者 Aloha McBride

EY Global Health Leader

Passionate about the delivery of safe, high-quality healthcare at a reasonable price. Innovator. Dog mom.

EY Japanの窓口

EY Japan ヘルスサイエンス・アンド・ウェルネスリーダー EY新日本有限責任監査法人 パートナー

ヘルスサイエンス・アンド・ウェルネス・マーケットセグメントおよびライフサイエンスセクターのリーダーを兼務。健康に楽しく生きることを自ら実践。

9 分 2023年12月11日

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EY Global Voices in Health Care Studyのインタビュー調査によって、医療従事者が求めていたのは、患者ファーストでありながら自身の生活の質を犠牲にしないモデルだと明らかになりました。

要点
  • EYの実施したインタビュー調査の結果によると、医療から離れたいと思う最大の理由として医療従事者が挙げたのは患者の安全と自由度の欠如である。
  • 医療機関は、最前線で働く医療従事者が四六時中収集している患者データから実践に生かせる知見を得て、アウトカムを向上させるためのサポートをしなければならない。
  • デジタルを活用したハイブリッド医療モデルへの移行を進めることで、医療機関は予防医療を拡大し、医療従事者と患者との時間を優先させ、自由度を高めることができる。
Local Perspective IconEY Japanの視点

長年にわたり、日本の医療提供モデルは世界トップクラスとされてきましたが、近年になり多くの問題点も浮かび上がってきました。医師の不足・過剰労働問題もそのひとつであり、今回のEYの調査は医療提供サイドの問題意識を浮き彫りにし、今後の体制の方向性を考える上で多くの示唆を与えています。今後、医療データに焦点をあてたデジタル技術による新たな医療提供モデルが必要不可欠になりますが、そのモデルは患者に焦点をあてることに加え、医療従事者の労働環境を改善することも大きな要素となります。新たな医療提供モデルへの議論が日本においても高まることを期待しています。

 

EY Japanの窓口

矢崎 弘直
EY Japan ヘルスサイエンス・アンド・ウェルネスリーダー EY新日本有限責任監査法人 パートナー

今日の医療提供モデルは、医療従事者がこれまでのように、オンコール待機や、無報酬での書類作成と新人医師・看護師の教育を任されることも多い長時間労働を今後も続けるという想定の上に成り立っています。一方、今の医療従事者は、ワークライフバランスが重要だという考え方に触れて育った世代です。多くの者が使命感から、患者のそして自身のよりよいアウトカムエクスペリエンスを望んでいます。

医療現場の人手不足が進む原因をより的確に把握し、先進的な取り組みを見いだし、最前線の医療従事者の声を聞くため、EYのチームは11カ国の医療機関幹部と医療従事者100名以上を対象に詳細なインタビュー調査を実施しました。対象となった医療従事者とは、医師、看護師、ナースプラクティショナー、提携医療従事者、患者のケアを日々担う医療従事者です。

EY Global Voices in Health Care Study 2023(PDF、英語版のみ)のインタビュー調査の対象となった医療従事者が、仕事を辞めようと考える最大の理由として挙げたのは、コントロール度や自由度の欠如(回答者の42%)、仕事の負担(38%)、モラルインジャリーと患者の安全に対する懸念(27%)です。

医療従事者と医療機関の視点のずれ

医療機関の幹部は、重症患者の殺到や財政難、人件費の高騰に直面し、人手不足への対応で報酬を重視し(回答者の39%)、医療従事者にその免許にふさわしい能力を最大限発揮させようとし(33%)、教育パイプラインの構築に取り組み(33%)、福利厚生制度を設ける(22%)傾向が見られました。

今回のインタビュー調査では、マインドフルネスやメンタルヘルスが重視されるようになってきたことを評価する医療従事者もいましたが、医療機関は今後どのように変わる必要があるかと尋ねたところ、最も多かった回答は、予防的医療の強化と配置人数の増加、柔軟性の向上でした。

一部の国の医療従事者は、自分が患者に必要だと思う医療を施すことができず、疾病の根本原因に対処したり危機を防止したりせずに、その患者が医療機関内を無駄にたらい回しにされるのを見たと語ります。

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    上のインタラクティブな図は、EY Global Voices in Health Care Study 2023の対象となった医療従事者と医療機関幹部の発言をまとめたものです。全データは以下のとおりです。

    国         回答者       発言
    米国 医師 「燃え尽き症候群になると、あらゆることに対する気力を失います。達成感がなく、喜びの感情が湧かず、コントロールも効かなくなり、以前のように仕事から喜びを得られないと感じています。何ひとつ良くならないんじゃないかという気になってしまうのです」
    オーストラリア 医療機関幹部 「医療従事者はこれまで、標準的な週40時間を大幅に上回る桁外れの長時間労働をいとわなかった。しかし、新世代の医師はワークライフバランスをはるかに重視しています。そのため、医師が減っているだけでなく、現場の医師も労働時間の短縮を望んでいて、二重苦になっているというわけです」
    日本 医療機関幹部 「軽い疾患をセルフメディケーションでより安価に治療できるシステムを構築しないかぎり、病院での治療を本当に必要とする患者に集中することができません」
    ドイツ 医師 「残念ながら、多くの場合、医師の一日のかなりの部分を管理業務が占めるようになり、場合によっては半日を費やすこともあるほどです。ただでさえ高額な資源である医師に、膨大な管理業務を負わせることで多大な負担を強いることは、まさに組織の愚行といえます。このシステムはしばしば、医師たちの仕事への献身を利用し、彼らが限界に達するまで仕事を増やします」
    コロンビア 医師 「情報は多すぎるほどありますが、どうすればそれを効果的に分析できるか、そのやり方が分からないのです」
    ノルウェー 医師 「多くのデータにアクセスできますが、今はまだ最適化されていないので、少し混沌とした状態にあります」
    ブラジル 医療機関幹部 「民間・公共医療現場で生まれた医療データポイントが数十億もありますが、ペイシャントエクスペリエンスや臨床アウトカム、早期診断、疾病予防の向上に用いられたものは1つもありません」

看護師が患者と接する時間を優先させるために、ある医療機関はどのように方針を精査したか

パンデミックの最中、重圧に押しつぶされそうになっていた看護師の時間的余裕をつくるため、クリーブランドのUniversity Hospitalsのリーダーらは、50名の看護師と看護師長を集め、ブレインストーミングを行いました。University HospitalsでChief Quality and Transformation Officerを務めるDr. Peter Pronovostによると、どの業務を停止できるのか、またテクノロジーを活用して自動化を進めればどの業務を廃止できるかをこのグループで検討したほか、リモートワークで入院業務だけに専念する看護師を置くなど、アウトソーシングできる業務も洗い出しました。そして、彼らが最後に突き詰めていったのは、「ベッドのそばにいて直接行う必要がある不可侵の領域はどれか」です。

「負担がメリットを上回る方針はあるかと看護師に尋ねました。そして、その方針を履行する必要が何回生じ、それに何分かかるかを調べました…おそらく70ほどの方針を改めました。ところが、そうした方針が2,000もの指示に反映されていることが判明したのです」とDr. Pronovostが述べました。こうした取り組みにより、この医療機関は、推定で看護師の勤務時間の30%を患者に集中する時間として確保することができました。米国のCenters for Medicare and Medicaid Servicesと連携して、大きな負担になる方針の削減も進めています。

同様に、看護師が備品を探すのにシフト中の時間の24%を費やしていることも判明しました。それを受けて、この医療機関では、看護師が最もよく使う備品などを探すことができるアプリを導入しました。「このアプリは、探し物が一番近くにある場所もすぐに教えてくれます。それにより看護師が備品を探すのにかかっていた時間が32分から2分に短縮されました。これはとても大きなことです」

デジタルトランスフォーメーションは今後、問題の解決で非常に大きな役割を果たすと思われますが、医療従事者の意見は懐疑的です

医療機関は、デジタルトランスフォーメーションを進めることで、医療従事者の日常業務に支障をきたす障害を取り除くことができます。

「デジタル化は、バリューセンターではなく、コストセンターと位置づけられています」と話すのは、OpenEHRのCEO、Rachel Dunscombe氏です。同氏は、英国の国民保健サービス「National Health Service:NHS」などでデジタル臨床プログラム作りに幅広く取り組んできました。「医療従事者が今よりずっと仕事に幸せを感じる環境を維持しながら、生産性を高めることができる経営モデルとして、デジタル化の再構築が絶対に必要です」

EYのプロフェッショナルが行ったインタビュー調査のなかで、医療従事者は、音声入力ソフトウエアと、画像、スキャン、カルテをリモートで見られるツールをはじめ、これまでに導入された一部のデジタルツールには価値を認めると述べる一方で、1人の患者当たり複数回ログインする必要があるサイロ化したアプリとプラットフォームを嫌い、電子カルテ(EHR)から必要な情報を見つけやすくすることを望んでいます。医療従事者は慎重な姿勢を崩さず、チェックボックスのクリックで迷ってしまうEHRに疲れ果てていることもあり、医療提供モデルの変革でテクノロジーが果たす役割に対して医療機関幹部より懐疑的です。

一方、燃え尽き症候群で退職する医師を補充するための費用は、採用費、契約金、逸失売上や新人研修費を加味すると、医師1人当たり推計で50万米ドルから100万米ドルに上ることから、医療従事者を引き付け、維持するのに役立つデジタル戦略を追求しないことにより生じるコストは高くつきます。

Dunscombe氏は、医療従事者にテクノロジーを習熟させ、自分に合った体験を自由に創造できるようにする必要があると述べています。医療データが持つ力を引き出す上でのもう1つの課題として同氏が挙げたのは、「医療従事者に必要なデータ照会ツールの欠如」です。「私たちができる最も効果的な対応の1つは、医療従事者が患者全体を把握できるようにすることです」

EYのチームがインタビュー調査を行った医療従事者で、分析から導かれた患者についての知見にアクセスできると答えた人は1人もいません。データが膨大すぎて、必要な情報を見つけられないことがあると、いら立ちすら示していました。事実、世界銀行が先ごろまとめたレポートによると、一部の国では、医療データのうち健康の向上に利用されるデータは推計で全体の5%未満です2

医療機関は、デジタルを活用したハイブリッド診療モデルへの移行を進め、懸案の人材関連の課題に対処しなければなりません。

オンライン診療とリアル診療をシームレスに統合する新しいモデルは、医療需要の緩和と予防的医療の拡大、患者と医療従事者のエクスペリエンスの向上を助けます。また、データから得られた知見は、患者の治療・ケアに適した時間と場所、方法を把握する上で参考となるはずです。より効果的なバーチャル・トリアージ・オプションやバーチャル・プライマリー・ケアは負担の軽減に役立ち、スマートな遠隔患者モニタリング・デバイスとアプリは何か起きた場合の医療介入を可能にし、より一貫性のある患者接点の創出の一助となり得ます。

医療機関幹部がデジタルを活用したハイブリッド診療モデルへの移行を進める上で役立つ主な対応は、以下の6つです。

  1. 医療従事者の患者との時間を優先させる。
    医療機関は、受け持ちの患者の管理と、患者との関係強化で医療従事者の自由度を高める必要があります。
  2. 医療従事者が収集したデータを有効活用できるようにする。
    医療従事者は受け持ちの患者に関するデータを四六時中収集しています。そのデータから実践に生かせる知見を得ることができれば、アウトカムとエクスペリエンスを今まで以上に向上させることができます。
  3. より正確で、消費者に寄り添ったコミュニケーション戦略を策定する。
    検査結果や次回の予約を待っていると、患者によっては不安感が増します。コミュニケーション戦略はそうした不安感を和らげ、ハイブリッド診療モデルで患者が医療機関とつながり続ける一助となります。
  4. 質の高い医療とはどのようなものであるか、またそうした医療で自らの担う役割について、一般の人々に啓発活動を行う。
    質の高い医療は、専門家にすぐにアクセスできる病院でしか受けられないといまだに思い込んでいる人が多いかもしれません。ハイブリッド診療モデルの質の高い医療とはどのようなものかを一般の人々に理解してもらうにはどうすればいいのでしょうか。医療従事者は、患者による医療提供者の酷使を止めさせ、また信頼関係を構築するための取り組みを強化する必要があるとも指摘していました。
  5. 職員からリアルタイムのフィードバックを募る。
    医療機関は、その時点で職員の役に立つのは何かについての理解を深めるべきです。それにより、役に立たないものを止め、大きな負担になる方針や職員に付加価値をもたらさない福利厚生を廃止することができます。
  6. デジタル対応の新しい診療モデルへの移行をサポートする人材戦略に焦点を当てる
    医療機関が予防的医療にシフトし、さらには在宅医療に移行しようとするなか、人事部門は今後、家庭医療機器を接続する消費者向けヘルステックなど、在宅医療に必要な新たな役割に備える必要が出てくると思われます。また、政府や教育機関と連携して、デジタル医療従事者のスキルセットとパイプラインの強化を図る必要もあるでしょう。

 

EY Global Voices in Health Care Study 2023の結果の取りまとめに当たり、EY Global Health Senior AnalystのCrystal Yednak、EY Health Sciences and Wellness AnalystのAakanksha Kaul、EY Health Sciences and Wellness AnalystのRisha Saxenaが協力してくれました。この場を借りて、感謝の意を表します。

  • 調査方法について

    EYのチームは、医療現場の人手不足が進む原因と、医療提供モデルを今後どのようにシフトさせる必要があるかについてより的確に把握するため、2023年3月から6月にかけて、11カ国の医療従事者と医療機関幹部100名以上を対象に詳細なインタビュー調査を実施しました。EYのプロフェッショナルは、今回の調査の対象となった11カ国の人手不足について、政府のデータの分析と学術論文の評価、文献の包括的な精査も行っています。

EY Global Voices in Health Care Study 2023

医療従事者は、患者ファーストでありながら生活の質を犠牲にしない医療提供モデルを求めています。

 

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サマリー

EY Global Voices in Health Care Study 2023の結果から浮かび上がってきた最大の優先課題は、デジタル対応のハイブリッド診療モデルへの進展です。医療機関は新たな医療提供モデルを導入し、懸案の人材関連の課題に対処しなければなりません。ハイブリッド診療モデルはオンライン診療とリアル診療をシームレスに統合し、医療需要の緩和と予防的医療の拡大、患者と医療従事者のエクスペリエンスの向上を図ることができます。

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執筆者 Aloha McBride

EY Global Health Leader

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