EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
シドニー駐在員 公認会計士 野本明彦
2003年、当法人に入所。製造業、医薬品業をはじめとする国内企業や多国籍企業の会計監査およびIFRSアドバイザリー業務に従事。14年よりEYシドニー事務所に駐在し、会計監査を中心に現地日系企業をサポートしている。
オーストラリアは広い国土および気候に恵まれ、農業をはじめとしたアグリビジネスが盛んであり、農林水産物の生産額の約80%が輸出される農産物輸出大国です。数年前までは石炭、鉄鉱石などの資源分野が経済成長をけん引してきましたが、資源価格の下落、中国経済の減速の影響も受け、資源分野を中心とした経済成長に陰りが見えてきました。
一方、アグリビジネスは、2015年6月に締結された中国オーストラリア自由貿易協定をはじめとして、各国との自由貿易協定の締結が進み、折しも豪ドル安が重なり、ビジネスの拡大に追い風が吹いています。また、輸出拡大に伴いその生産高も増加しており、2016/17年度には農産物生産高が600億豪ドル(約4兆8,000億円)を超えることが予想され、オーストラリア経済において今後の成長が期待される重要な産業になっています。
オーストラリアのアグリビジネスの中心は、農業です。農業は広い国土を利用した肉牛および羊の放牧が中心であり、利用面積の約94%を占めています。耕地は利用面積の6%であり、主として降水量の多い大陸の東から南東部、および南西部の海岸近くに限られています。農業生産物は広大な放牧地で生産される牛肉に加え、小麦、大麦などの作物が上位を占めています。農産物生産高の成長は堅調であり、11/12年度からの3年間の年平均成長率は約5.5%に達しました。成長が著しいのは家畜商品、肉類の輸出であり、これは中国を中心にインドネシアなどのアジア新興国での中産階級増加、食の西欧化による需要増が主たる要因です。また、生産規模は農業の10%以下と小さいですが林業および水産業も盛んであり、林業は製材・ウッドチップが、水産業はサケ・マグロのほか、海老などの甲殻類、カキ・アワビなどが主に生産されています。
農業従事者は15年で51万人と全人口の約3%弱となっています。農家数(会社含む)は13万戸弱が存在していますが、小規模農家は大規模農家に統合される傾向にあり、農家数は減少しています。また、日本と同様に、農家を継ぐ若年層の減少が問題となっています。
オーストラリアでは、1980年代までは価格調整、補助金投入、関税などの国境措置といった農業保護政策が取られていましたが、80年代以降は保護政策が撤廃されました。現在は政府の直接的な介入はなく、農家への技術向上支援、トレーニング支援、病害虫、干ばつなどの自然災害に対する支援・補助を中心とした農業政策を取るとともに、ビジネス環境の改善を促す政策も取られています。15年に連邦政府から提案された農業競争力白書においても当該農業政策に沿った政策が提案され、農業産業の強化として以下の五つの分野に40億豪ドルの投資を計画しています。
オーストラリアの農業は今後も成長が見込まれることから、海外からの投資も活発に行われています。外国投資審査委員会(FIRB)の年次報告書によれば、13/14年度には32億豪ドルの投資であった農林水産業への投資は14/15年度は52億豪ドルに達しています(<表1>参照)。投資はさまざまな国から行われており、16年の大型投資案件として、米国の食品大手によるハーブの加工、製造会社の買収(1億5,000万豪ドル)、ニュージーランドの乳業企業によるビクトリア州へのチーズ工場の建設(1億2,000万豪ドル)がみられます。また、近年の投資状況として特筆すべきは中国からの投資であり、その投資金額は13/14年度の3,200万豪ドルから14/15年度は24億豪ドルまで大きく増加しています。大型投資としても、大手食肉加工会社に45%の出資(1億4,000万豪ドル)がみられます。
アグリビジネスの投資が増加する一方で、外国資本による農業への直接投資に対する懸念も高まりつつあります。15年にはFIRBによる承認審査手続が必要となる取引対象が、従来の10億9,400万豪ドルから5,500万豪ドルと大幅に引き下げられました。また、15年末には中国企業が予定していた世界最大規模の牧場の買収が、安全保障の問題から承認されないという事例も発生しています。連邦政府はアグリビジネスに対する外国投資は経済的利益をもたらすとの見解を示しており、今後もオーストラリアが外国投資を受け入れる流れは変わらないと思われるものの、今後の投資ではオーストラリアの国益との融和に留意することが必要になっていくと思われます。
オーストラリアのアグリビジネスは、世界的な食料需要の増加、特にアジア圏の中間層の増加による需要増により今後も安定して経済成長することが見込まれ、オーストラリアにおける魅力的な投資先の一つといえるでしょう。一方で、近年の日本からの投資金額は小さく、オーストラリアにとって2番目の貿易相手国としては寂しい状況であり、今後の日本企業の積極的な投資が待たれます。