情報センサー

日米租税条約改定議定書の発効


情報センサー2019年10月号 Tax update


EYニューヨーク事務所 米カリフォルニア州弁護士
米国公認会計士 秦 正彦

Ernst & Young LLP(米国)国際税務パートナー 日本企業サービス(JBS)タックス・グローバル/全米統括。25年以上にわたり日本企業の海外事業に国際税務コンサルティングを提供。法人税、パススルー、クロスボーダー取引、企業再編、外国人の米国個人所得税、その他幅広い分野に係るコンサルティング実績を多数有する。

EY税理士法人 米国公認会計士 野本 誠

EY税理士法人 パートナー 国際法人税務アドバイザリー・リーダー兼トランザクション・タックス・アドバイザリー・リーダー。約30年間の米国での実務経験に基づき、M&A、内部再編、海外投資案件に関する税務アドバイスを提供。組織再編、パートナーシップ税制、租税条約、移転価格税制等をはじめとする米国税務ならびに国際税務問題について多くの経験と実績を有する。


Ⅰ はじめに

2019年7月17日、米国連邦議会上院は、2003年に締結した現行の日米租税条約を改定する議定書(以下、議定書)を批准しました。その後、2019年8月30日に日米政府間で議定書を発効させるための批准書の交換が行われ、同日、議定書は発効しました。

 

Ⅱ 批准までの経緯

当該議定書は2013年1月24日に両国間で合意され、日本では同年6月に批准されていますが、米国側の批准手続きが長年停滞していました。
その背景としては、米国側で批准の権限を有する連邦議会上院のランド・ポール議員(共和党・ケンタッキー州選出)が諸外国との租税条約に含まれている情報交換規定が米国民・米国企業のプライバシーの侵害に当たると主張し、租税条約の批准に強硬に反対してきた経緯があります。連邦議会上院では、それ以前に租税条約に異を唱える議員がいなかったため、慣習的に「全会一致投票」により批准がなされてきましたが、議員が1名でも反対すれば全会一致投票は成立せず、本会議での審議・投票が必要となります。この結果、連邦議会上院では、2010年以来租税条約の批准がなされてきませんでした。
今回、ポール議員と同じケンタッキー州選出のミッチ・マコーネル上院多数派院内総務が地元企業からスペインとの租税条約の批准を求める陳情を受け事態の打開に動きました。「問題のない租税条約の批准を何年も遅らせたことにより、米国の労働者を雇用している米国企業は何百万ドルもの負担を強いられており、毎年新規雇用や新規投資に充てられるべき資金が二重課税で消えてしまっている」と指摘し、ポール議員を直接名指しすることは避けたものの、「これは全て、同僚議員の説得すらできないたった一人の上院議員が国際間の条約を一方的に変更しようとしているせいである」と辛辣(しんらつ)に批判しました。
この結果、租税条約の批准への機運が高まり、事態が一気に加速します。現在、批准待ちの租税条約相手国は7カ国に上りますが、このうち日本、スペイン、スイス、ルクセンブルグとの条約については、6月25日に上院外交委員会で承認され、スペインとの条約が7月16日、日本、スイス、ルクセンブルグの条約は同17日に上院本会議で圧倒的賛成多数で批准されました。ポール議員は、条約の情報交換規定を修正する議案を提出しましたが、否決されました。
なお、残りの3カ国であるチリ、ポーランド、ハンガリーとの条約については、2017年末の税制改正で導入された財源浸食濫用防止税(BEAT)の規定と相反すると解釈可能な条項が含まれているとの指摘が財務省からなされ、批准手続が遅延しています。

 

Ⅲ 適用開始時期

議定書の内容にかかる実際の適用タイミングは次の通りとなります。


① 源泉税に関しては、2019年11月1日以後に支払われ、又は貸記される額について適用
② その他の租税に関しては、2020年1月1日以降に開始する課税年度より適用
③ 仲裁手続きに関しては、2019年8月30日において日米税務当局が検討を行っている事案、及び2019年8月30日の後に検討が行われる事案について適用
④ 情報交換、租税徴収支援に関しては、2019年8月30日より適用


Ⅳ 主な改正点

米国で事業・投資を行う日本企業に関心が高いと思われる日米租税条約の改正点は次の通りです。


  • 支払利息に対する源泉税率を10%から0%(免除)に引き下げる
  • 配当に対する源泉税率0%の適格要件を緩和。50%「超」の持分保有割合要件を50%「以上」に緩和する。また、「12カ月」の保有期間要件を「6カ月」に短縮する
  • 米国不動産持分(USRPI)の定義を米国内法のものに統一する。米国法人株式は原則USRPIとなるが、株式の発行体である法人が過去5年間に一度も米国不動産保有法人(USRPHC)でなかったことを証明できる場合には、その株式はUSRPIの定義から除外される。従来の条約では、株式の譲渡人が日本国居住者である場合、5年テストを適用せず、株式譲渡時点において株式の発行体がUSRPHCでなければ当該株式はUSRPIとならないと解釈可能な規定が含まれていたが、当該規定を撤廃する。結果として、日本国居住者が米国法人株式を譲渡する場合、当該株式がUSRPIであるか否かの判定は、5年間遡(さかのぼ)って実施しなければならなくなる
  • 課税事案が相互協議によって解決することができない場合における仲裁手続き規定を導入する
  • 租税債権の徴収に係わる相互支援(徴収共助)の対象を条約濫用事案から滞納租税債権一般に拡大する

源泉税規定の緩和は納税者にとって歓迎すべきものですが、不動産化体株式の定義の変更は、日本企業による米国子会社を巻き込んだ内部再編の際等のコンプライアンス負荷を大幅に増大させる可能性があります。なお、米国で日米租税条約に基づく源泉税の減免を受ける際に日本国居住者である所得の受益者が米国居住者である支払元に提出する様式W8-BENやW8-BEN-E(所得の受益者のステータス証明書)については、日米租税条約の改定により源泉税率が変わる場合、「状況の変化(change in circumstances)」に該当するため、新条約の効力が生じてから30日以内に再提出が必要となります。ただし、改定後も源泉税率が変わらない場合には、再提出は必要ありません。


「情報センサー2019年10月号 Tax update」をダウンロード


情報センサー
2019年10月号

※ 情報センサーはEY Japanが毎月発行している社外報です。