情報センサー

日本企業の飛翔を阻む三つの閉鎖性


情報センサー2020年5月号 Trend watcher


EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株)
小林暢子

EYパルテノンにて、主に消費財セクターを対象に戦略コンサルティング事業を率いる。10年以上のコンサルタント経験と総合商社や米ファンド勤務経験に基づき、全社改革から成長戦略策定まで「外からの眼」を生かして経営を支援する。また、日英バイリンガルのオピニオンリーダーとして、日本経済、社会、経営課題について、「Nikkei Asian Review」を中心に幅広く意見を発信している。EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株) パートナー。

Ⅰ 危機に際立つ、グローバル優良企業

2020年に入って早々、新型コロナウィルス感染症を震源に、世界経済に急ブレーキがかかっています。「想定外」を言い訳にしたい誘惑は強いものの、ビジネスには、最悪期を持ちこたえる耐久力と、危機を脱して素早く立ち上がる力の両方が求められています。
この観点から、投資家や社会の信頼が最も大きいのは、業界を代表し、グローバル優良企業とされる多国籍に展開する会社でしょう。広い地域ポートフォリオが全体のリスク分散を可能にする一方、強い経営インフラが危機から会社を守り、かつ成長のバネを提供するからです。

 

Ⅱ 日本企業はなぜ「グローバル優良」になれないか

海外展開する日本企業は多くとも、グローバル優良企業と目される会社は、自動車産業などの一部例外を除けば、残念ながら数少ないものです。たとえ多国籍に展開し名前が知られていたとしても、「世界の(日本を出自とする)」会社には昇華せず、あくまでも「日本の」会社という色が濃く出てしまいます。
しかも、その色は必ずしもポジティブではありません。米国でビジネススクールを卒業し、総合商社のニューヨーク支店に勤めた経験を振り返ると、現地の日系企業はおおよそ、やる気あふれるアメリカ人MBAホルダーがこぞって応募する職場とはいえませんでした。
なぜでしょうか。技術力があり、真面目で優秀な本社社員を多く抱えながらも、日本の大企業多くはグローバル優良企業に飛翔しきれず、若手からシニアに至るまで、世界のトップ人材を魅了できていません。10年ほど前に帰国し、戦略コンサルタントの立場で日本企業と多く働いた経験から、問題は日本企業の顕著な閉鎖性にあると考えます。
閉鎖性が日本企業の基礎体力を押し下げる結果、危機がその脆弱(ぜいじゃく)性をあらわにしてしまいます。ゆえに、投資家や社会が太鼓判を押せる対象とみなされないのが実情でしょう。

 

Ⅲ 三つの閉鎖性

日本企業の閉鎖性は三つの側面から捉えることができます。すなわち、ひと、業務プロセスとシステムの三つです。

1. ひとの閉鎖性

かつて常識だった一括採用、終身雇用制が崩れつつあるとはいえ、まだまだ日本企業の雇用流動性は低いといえます。この傾向はシニア層ほど顕著です。大企業の経営陣ともなれば、新卒から育った人材がほとんどです。コーポレートガバナンス改革の波で、社外取締役が当たり前になったとはいえ、まだ社内幹部は生え抜きが通常でしょう。
もちろん、このこと自体が悪いわけではありません。しかし、「わが社の常識」が外では非常識なこともあり得ます。市場の変化に即し、なるべく多くの選択肢から最善の道を選ぶことが経営の命題ですが、狭い環境で育った同質な経営陣の目に映る選択肢の幅はおのずと狭くなりがちで、戦略の見落としがあり得ます。
また、幹部に生え抜きの日本人しかいなければ、「中途で入ると昇進しづらい」という暗黙のシグナルを送ることになり、よりオープンな企業と比べると採用に不利に働くことが考えられるでしょう。
このように、ひとの閉鎖性は日本企業の戦略性や人材活躍ポテンシャルを下げているといえます。

2. 業務プロセスの閉鎖性

数年前、ある日本の消費財企業に買収された海外ブランドのCEOと仕事をしたことがあります。買主側の企業哲学には共鳴するという彼女が不満を訴えたのは、東京の本社から要請される報告事項の中身の無さと、報告頻度の多さでした。
実際、このような報告は日本の中では意味があったのかもしれませんし、気心知れたスタッフ同士のあうんの呼吸で伝わる説明があってこそ、文書が生きていたのでしょう。しかし、この企業が海外買収で成長を志すとき、日本語をそのまま英訳しただけの業務プロセスを買収先の海外子会社に押し付けても、失敗の可能性が高いのです。
多国籍に展開する企業は、市場の固有性を最低限認めながらも、同じ種類の業務には同一のプロセスを課した上で、世界統一したKPI管理を進めます。例えば、サプライチェーンのリードタイムをどの市場も同じ定義で測った上で、国同士を競争させて「今月、日本はXX位」とモチベーションを操作するわけです。
日本だけで通じる文化的な文脈が色濃い業務プロセスを引きずると、グローバル展開の足かせになります。ましてや、グローバル連鎖する危機にシステマチックな対応をすることは不可能でしょう。

3. システムの閉鎖性

ERPが盛んに導入された90年代、多くの日本企業は業務プロセスをERPに合わせるのではなく、逆にERPを自社仕様に手を加えることで業務プロセスを温存した、という史実はよく分析されています。その結果、ERPは標準形からかけ離れ、その更新や維持に余計なコストがかかることはもちろん、システムを熟知した個人に過度に依存することとなってしまいました。
海外進出にも、システムの問題は付きまといます。閉鎖的な日本のシステムを標準とすることができないので、地域別に別々のERPが走り、その整合に多くの労力が費やされる例が散見されます。
ある欧州消費財企業の日本社長は、システムをグローバル仕様にすることは社内の大きな戦いだと描写していました。日本人スタッフは使いやすい現地のシステムインテグレータと一緒に日本仕様のシステムを作りたがります。むろん、短期的にはそのほうが使い勝手がいいのですが、長期的には欧州本社含め他のシステムと乖離(かいり)し、グローバルな更新の対象ともならないため、短期的なメリットを無視してでもグローバル統一を目指すという話でした。
閉鎖的なシステムは、長期的かつグローバルな成長にとって大きな阻害要因となります。

 

Ⅳ おわりに

危機に自信をもって臨むことができるグローバル優良企業を目指すならば、将来どのような運営をすればいいのでしょうか。幹部はもはや日本人少数であり、業務プロセスは統一され、KPIは世界のどこでも可視性と即時性があり、システムの互換に人手をかけることもない、そんな姿をイメージできるでしょうか。
新型コロナウィルス感染症のような世界連鎖的な危機は、企業が自らの基礎体力を見直す良い機会とも捉えられます。ひと、業務プロセス、システムの閉鎖性は、それぞれ単独の問題というよりも複合的です。あえて楽観的にいえば、三つ全部を同時に直し始める良い機会とも考えられます。
日本企業が世界の時価総額ランキングの上位からほぼ姿を消して久しくなります。本当に持続性のある会社とは、強い基礎体力を持った会社です。今こそ、自らの閉鎖性を検証し、危機後に大きく飛翔できる日本企業が多く現れることを願います。

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2020年5月号

※ 情報センサーはEY Japanが毎月発行している社外報です。