情報センサー

企業価値を最大化する複合的企業不動産(CRE)戦略


情報センサー2020年6月号 Trend watcher


EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株) 広門 進

大手監査法人を含む日米の大企業において、不動産関連業務にさまざまな角度から約30年間従事した後、2019年、EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株)に入社。CREリーダーとして、顧客企業の最適な意思決定を支援する。東京大学経済学部で数理統計学、カーネギーメロン大学経営大学院で数理的意思決定論を専攻。

Ⅰ CREとその可能性

CRE(Corporate Real Estate:企業不動産)という呼び方は、コーポレート・ファイナンスに、範を求めたものであると思われます。コーポレート・ファイナンスにおいては、企業が業務を遂行するに当たって必要な資金を調達するためにどのような選択肢があり、どれを採用することが企業価値最大化に資するかが検討され、その方法論が蓄積されてきました。同様にCREについても、本来、企業が使用する不動産の選択方法(場所、資産タイプ、保有/賃貸の別、条件等)について、最適な選択をするための方法論が発展してくるべきでしたが、以下の理由から十分に議論や実践が行われてきたとはいい難い状況にあります。

  • 不動産は個別資産ごとに独自性が強く、保有あるいは使用がもたらす便益も一意的でないので、理論(方法論)になじみにくい。
  • コーポレート・ファイナンスにおいて機能を発揮する財務部(社内)、銀行/証券会社(社外)に相当するような、CREに精通する専門部署や専門機関がほとんど存在しなかった。
  • 投資・賃貸借市場が未成熟であるため、調達方法の選択肢が限られていた。

しかし、これらは必ずしも企業経営においてCREの重要性が低いということを意味している訳ではありません。例えば、財務省「法人企業統計調査」によれば、2018年度において日本企業は、28兆円以上の賃借料(動産を含む)を支払っていますが、これは、同期の支払配当額(約31兆円)に匹敵する額です。CREは企業価値の向上を目指すに当たり、これまで十分に検討されてこなかった未開の領域といっても過言ではないでしょう。

 

Ⅱ CRE戦略が求められる局面

CRE戦略を検討する際、着目されるアイテムの一つに不動産関連コストがあります。米国EYのCREチームは、過去の業務経験から、賃貸借契約の見直しやファシリティマネジメント体制の再構築よって5~10%のコスト削減効果が可能であるとしています。各社の管財チームが効率的な運営を目指している中、なぜこのようなコスト削減の余地が存在するのでしょうか。これには以下のような要因が考えられます。

  • 「不動産管理=コスト」として扱われ、予算の範囲内におさまっていれば良しとされる傾向がある。
  • 必要な経営資源(専門・専任人材や資金)の配置・投資が認められていない。
  • コスト発生部署とコスト管理部署の間で、権限や負担の分担が不明確であったり、齟齬(そご)がある。

これらの要因は複雑に絡み合っている場合が多く、状況は個別事例によって大きく異なります。そのため、CREによるコスト削減を実現するためには、削減余地に関する現状把握(既往の賃貸借契約条件と市場相場の比較など)に加え、そこに至った原因の分析と解決が重要となります。これは、一度限りの最適化ではなく、CREを経営資源として企業価値向上に資するような持続可能な体制を作るために不可欠なプロセスです。
不動産関連コスト削減を含むCREへの積極的な取り組みは、業績の後退・低迷期やM&A実行時に際して特に重要性を増します。何らかの原因で業績が不冴な時期ほど、売上高(トップライン)の回復に加え、コスト削減や経営資源の見直し・再編成が重視されることは、いうまでもありません。またM&Aに際しては、買収による相乗効果(シナジー)をいかに早く実現するかがM&Aの成否を握るということは広く知られていますが、買収企業・被買収企業の利益を向上させるための手法として、コスト削減を含むCRE戦略の立案・実行は極めて有効です。逆に、コスト削減等の余地があるにもかかわらずこれを放置することは、結果的にのれんの減損や買収戦略の変更といった望まざる結果を招きかねません。

 

Ⅲ 効果的なCRE戦略の立案・実現

CRE戦略実現の効果は、コスト、利益といった定量面にとどまりません。例えば、職場環境が改善されることによって、働く人々の意識や行動も変化します。アウトソーシングを用いて、ファシリティマネジメントや賃貸借契約管理の体制を最適化すれば、組織の効率化や活性化を図ることも可能でしょう。企業文化の変革、モチベーションの向上といったソフト面も含む幅広い効果を狙ってCRE戦略の立案を行うことは、イノベーションを起こす企業風土を醸成する取り組みに他ならないのです。
同時に、CRE戦略は、さまざまな経営環境の変化を企業のダイナミズムに結び付ける有力な手段でもあります。働き方改革を求める社会の要請、若い労働層からのニーズに、リモートワークやフリーアドレスなどを支えるテクノロジーが結びついて、オフィスの在り方が大きく変わろうとしているのはその好例です。また、eコマースの普及など、消費形態の変化によって、サプライチェーンが見直され、物流施設の在り方や機能が大きな変化を遂げたり、3PL(サードパーティー・ロジスティクス)と呼ばれる業態が急成長していることもCREを巡る大きな変化の一つでしょう。
効果的なCRE戦略の立案・実現のためには、単に不動産に着目するだけではなく、人事、組織、テクノロジー、サプライチェーンなどの企業活動全般に関わる領域も含めた、複合的な視座を持って取り組むことが不可欠です(<図1>参照)。

図1 CREは、経営に影響を与え、また経営環境に応じて変化する

Ⅳ 求められる専門性と外部パートナー起用のバランス

「カネに色はない。」といわれますが、色のある不動産を扱うCRE戦略を適切に立案・実行するには、関連領域に関する幅広い専門性が必要となります。
一方、その必要な知見を全て自社内で賄おうとすることは、現実的とはいえません。重要であるとはいっても、CREは多くの企業にとって本業ではなく、そこにあまり多くの人材や資源を配置することはできないからです。また、終身雇用およびジョブローテーションがまだ根強い日本企業において、そうした専任人材を、社内に配置することは、人事政策上の軋轢(あつれき)を生んでしまう可能性すらあります。
CREによって企業価値を最大化するには、その重要性を認識し、複合性を理解すると共に、外部パートナーの思い切った起用により、内製と外注のバランスの取れた体制を構築するという発想の転換が求められているのかもしれません。

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2020年6月号

※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。