DXを真の企業価値につなげるためには

執筆者
Joongshik Wang

EY-Parthenon Asean Leader; EY Asean Technology, Media & Entertainment and Telecommunications Sector Market Segment Leader

Extensive experience as a strategy and M&A consultant in Southeast Asia, China and South Korea. Commercial tech advisor to private equity firms and large corporates.

Sri Prabhakaran

EY-Parthenon Principal, Strategy and Transactions, Ernst & Young LLP

Driving value through strategic growth initiatives with a focus on digital business transformations. Avid reader. Organic farming enthusiast.

Thomas Holm Møller

EY-Parthenon EMEIA Digital Leader

Strategic thinker fostering new ways to unite business science with human science. Passionate about identifying new areas of value creation.

EY Japanの窓口

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ストラテジー・アンド・トランザクション グローバルストラテジーオフィスリーダー/ソフトウェア・ストラテジー・グループ Asia-Pacificリーダー EYパルテノン パートナー

EYパルテノンにて海外事業戦略、企業戦略、デジタルトランスフォーメーション、エコシステム形成戦略、イノベーション創発を先導。

12 分 2022年6月8日

デジタル投資インデックスにより、多くの企業がテクノロジー関連の投資をここ数年で何倍にも増やしている⼀⽅、デジタル戦略を明確に定義する難しさに直⾯していることが明らかになりました。本稿では、他社と⼀線を画すことが可能なデジタル投資のための具体的な⼿段について考察します。

要点
  • EY-Parthenonの調査によると、企業は引き続きDX関連の取り組みに投資する予定であることが明らかになった。
  • 数年にわたる大規模なデジタル投資を通じて、企業はオペレーションを見直し、成果を出すことを強く求めている。
  • デジタル投資に当たってはインオーガニックな手段が選ばれる場合が多いとは言え、オーガニックな手段とインオーガニックな手段を組み合わせることが成功のカギである。
Local Perspective IconEY Japanの視点

デジタル投資に着手し始めた日本企業は、「意味のある」デジタル投資を行うため、先達から3つの教訓を学ぶことができます。

  1. 出資目的の事前設定:持ち込み案件を是々⾮々で出資するか検討する「待ち」の姿勢ではなく、拡⼤する事業のために強化すべきデジタル領域やテクノロジーは何かにつき、事前に⾒極める「攻め」の姿勢で臨む必要がある。
  2. 出資案件の選定基準の設定、投資手段の選択:新しいテクノロジーやスタートアップなどの投資案件を選定する際は、⼀律でDCF法を採⽤するのではなく、出資⽬的や投資⼿段に合わせた柔軟な基準を⽤いる必要がある。
  3. 投資後の運用:出資先と事業部門との連携や組織・人材育成システムの設計、運用モデルの構築、モニタリングKPI(撤退基準含む)の再設計などを行うとともに、出資目的や投資手段によって、ヒト・モノ・カネは提供しても経営には関与しないことやシナジー創出のために役員を派遣するなど、出資先への関与の在り方も十分に検討する必要がある。

 

EY Japan の窓口

中川 勝彦
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ストラテジー・アンド・トランザクション グローバルストラテジーオフィスリーダー/ソフトウェア・ストラテジー・グループ Asia-Pacificリーダー EYパルテノン パートナー

EY-Parthenonの2022年デジタル投資インデックス(Digital Investment Index、以下DII)によると、企業は今年、2020年から65%増加となる記録的なデジタル投資を行っています。

経営幹部の約4分の3(72%)が、業界での競争に勝ち抜くためには今後2年間にオペレーションを抜本的に⾒直す必要があると回答しています。そのためには、すべての業界において、優先順位の⾼い案件に対する投資を強化しながら、テクノロジーソリューションの強化と利益向上の実現に注⼒する必要があります。

レポート概要

2022年1月から3月に行った2022年版DIIレポートは、グローバルでDXやテクノロジーの関連の意思決定を担う経営者1,500名を対象に実施された調査に基づいたものであり、主に3つの分野に焦点を当てています。

  1. デジタル投資とリターンのトレンドはどのようなものか
  2. どのようにして企業はDXに関する取り組みを意味のあるものとしているか
  3. デジタルリーダーからの教訓は何か1

押さえておくべきポイント

2022年のDII調査を分析した結果、以下のような重要なポイントが明らかになりました。

  • 企業はDXに多額の投資を行っており、ほとんどの企業がDXはビジネスの最重要課題かつ生き残りのために不可欠なものだと考えている。
  • DX成功のカギは、オーガニックの⼿段とインオーガニックの⼿段を「適切に組み合わせる」ことにある。
  • 多くの経営者は、デジタル投資の強化を通じて、今年のデジタル投資収益率(RODI)2は、昨年に⽐べておおむね倍になると楽観視している。
  • 現在、より多くの企業がデジタル投資のリターンを検証しているが、その進捗は鈍く、多くの企業は昨年のデジタル投資にいくら費やしたか、その投資がどのような価値をもたらしたかにつき、把握していないと述べている。
  • デジタル・パフォーマンス・リーダーと呼ばれる一部の経営者は、デジタル投資の成功を通じて、他社に一線を画しつつある。

今後のアクション

DXに取り組む企業は、その歩みを加速させるために、以下のようなアクションを検討する必要があります。

  • 資本配分戦略に関する明確なルールを整備するとともに、企業戦略目標やテクノロジーポートフォリオ、投資収益率、ビジネスへの潜在的な影響に配慮する。
  • リスクとリターンの観点から、あらゆるタイプの投資手段の活用を検討する。
  • 予測モデルと個別最適化プロセスを改善する顧客データを活用することで、顧客をデジタル戦略の中心に据える。
  • 投資効果を向上するためのガバナンスや主要指標、現実的なスケジュール、ならびに目標を設定する。
画像:第1章
(Chapter breaker)
1

第1章

デジタル投資とリターンのトレンドはどのようなものか

多くの企業は DXを加速するためにインオーガニックな投資を拡大している一方、そのリターンを検証することに課題を抱えています。

テクノロジーを⽤いて差別化した製品やサービスを迅速に市場に投⼊しなければならないプレッシャーが⾼まっている中、企業は2022年に向けてデジタル投資を加速させています。経営者は、売上⾼に占めるデジタル投資の割合を3.5%(2020年)から5.8%(2022年)に増加する予定です。これは、売上⾼が1兆円の企業にとってのデジタル投資額が350億円から580億円に、かつ前年⽐で65%の増加となることを意味します。

デジタル投資に対するリターンを検証する企業の増加

より多くの企業と経営者がデジタル投資に対するリターンを検証し始めています。2020年の調査では、RODI(Return On Digital Investment)を測定している経営者は全体の23%にすぎませんでしたが、現在では、41%の経営者がRODIを検証しています。RODIを測定している企業に対する、2022年のデジタル投資の平均的なリターンは7.6%になると見込まれており、この数字は2021年に報告された平均的なリターンである4.4%を大幅に上回るなど、RODIの検証に関する取り組みはリターンに対してポジティブな効果をもたらしています。

対照的に、5社のうち3社は、昨年のデジタル投資にどの程度費やしたか、その投資が収益改善やコスト削減、運転資本の効率性にどのような価値をもたらしたかを把握できていないなど、RODIの検証は道半ばです。

デジタル投資に対するリターンの検証

41%

の企業がリターンを検証し、その割合は2020年の23%から増加

DXに関する取り組みを加速させたい企業にとって、デジタルに関するユースケースを明らかにすることは⾮常に重要です。そのために、企業は以下のことを⾏うべきです。

  • 適切なガバナンスを導入するとともに、資本配分に関する体系的な仕組みを整備する。
  • 重要な事業に対するインパクトの与え⽅について確認することが可能なユースケースに集中する。 
  • デジタル資本配分戦略を推進するための明確なガイドラインを設定するとともに、戦略の⽬標、テクノロジーのポートフォリオ、投資収益率、事業への潜在的な影響に留意する。
  • 注目すべき企業:ABB社は、EVバッテリーの販売のみならず、エネルギー・マネジメント・ソフトウェアおよび関連サービスの提供を展開するためにM&A戦略を活用しています。

    世界的なテクノロジーリーダーであるABB社は、産業のデジタル化に向けて電力業界や製造業界、運輸業界のプレイヤーと密接に連携しています。過去5年間で、ABB社はバッテリーや充電テクノロジーの開発に8つの投資を行いました。

    2021年にABB社は、eモビリティ事業への追加投資を加速するため、7億5千万⽶ドルの資⾦を調達し、同事業を分社化する計画を発表しました。そして、ABB社は、イノベーション戦略の重要な柱として、In-Charge Energy社、AFC Energy社、Spear Power Systems社らと継続的に提携し、バッテリーや電動充電テクノロジーの開発を⾏ってきました。長期的には、充電機器からソフトウェアやサービス(例:エネルギーマネジメント)の提供に転換することで、展開可能な市場を広げていくことを目標としています。

    また、ABB社は、新規案件の獲得と組織体制の強化のために、ロボティクスなどの分野で研究を⾏う100以上の⼤学と連携し、機械化や⾃動化を進めるメーカーや⼩売業者、流通業者のニーズに応える存在であることを⽬指しています。この結果、ABB社におけるロボティクスおよびディスクリートオートメーション事業の売り上げと受注件数(2021年)は、前年⽐でそれぞれ9%と29%増加しました。

    出典CB insights

どのように企業は、インオーガニックな投資を通じて、イノベーションの加速と価値向上を実現すべきか

調査回答者の大半(55%)は、DXを加速させるために、社内のリソースを強化する(=オーガニックな投資)のではなく、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)やM&A、パートナーシップなどのインオーガニックな投資を選んでいます。

インオーガニックな投資は、対象とするテクノロジーを量・質ともに向上させるとともに、新しいテクノロジーの獲得や重要なケイパビリティおよびスキルのギャップの解消につながる近道にもなります。新たに誕生した、グローバルなユニコーンの数が、2021年第1四半期に過去最高の959に達し、2020年第4四半期にはその数が68%増加するなど、インオーガニックな投資の際に提携先あるいは買収対象となるテック企業はかつてないほど増えています3

DXの加速

55%

の企業が、社内のリソース強化よりもインオーガニックな投資を選択

インオーガニックな手段を選択する際、企業はより少ない資金でリターンを得られるパートナーシップ(34%)、新しいテクノロジーおよび新製品を迅速に得られるM&A(32%)、新たな市場や将来性のあるテクノロジー、アセットに早期にアクセスできるCVC(45%)を望むと回答しています。

企業は、イノベーション戦略を推進するためにあらゆる手段を活用すると述べています。投資の在り方によってリスクとリターンの在り方が異なるため、あらゆる手段を活用することは非常に重要なことです。ほとんどの経営者(87%)は、直近のインオーガニックな投資について、期待通り、またはそれ以上の成果を上げたと回答していますが、多くの経営者は複数のインオーガニックな投資をどのように組み合わせればよいのか分からないと回答しています。

イノベーション戦略の推進

87%

の経営者が、直近のインオーガニックな投資について、期待通りまたはそれ以上であったと回答

最適な組み合わせを実現するためには、企業が意識的に組織間の壁を取り払い、オーガニックおよびインオーガニックな投資を互いに調和させることが重要であります。計画、買収、パートナーシップかの判断は、単独で⾏われるのではなく、企業全体あるいは事業部⾨の⽬標に沿った形で⾏われるべきです。

インオーガニックな投資に関する先進的な事例

企業は、各⼿段のメリットとデメリットを⼗分に吟味せず、誤った投資⼿段を選択すると、企業価値の低下を招く可能性があります。同様に、適切なインキュベーション体制や各投資⼿段を連携させた運⽤モデルを構築しなければ、さまざまな段階において投資の透明性や効率性、有効性を向上させることができません。

以下の検討事項は、投資判断に当たってのガイドラインとなります。

パートナーシップ

この手段は、新規市場の開拓や顧客との関係強化、スキルギャップの解消、スタートアップ企業によるソリューションの活用を行うに当たって有効です。

メリット

⼀般的にパートナーシップは、他のインオーガニックな⼿段に⽐べて資⾦的な負担が少なくなります。

留意事項
  • 企業は、資本提携のような両社のコミットメントを前提とする提携を検討すべきである。
  • 企業個別の事情や目標を踏まえ、適切な提携の手段(例:株式提携、ジョイントベンチャー、業務契約)を選択することが重要である。
  • 場合によっては、特定の提携手段(例:ライセンス供与、研究開発)が短期間でより大きなリターンを生む可能性もある。
潜在的なリスク

パートナーシップは、他社のリソースを活用することで、企業価値を高めることができる一方、経営判断に関する情報の共有、企業文化の摩擦、ビジネス上の利害の不一致、利益の半減、部分的な知的財産権の喪失などといったリスクがあります。

CVC

企業は、自律的な運営とオフバランスシートでの投資を確保するために、コーポレート・ベンチャーキャピタル・ファンドを、独立した事業体または「ブランドCVC」ファンドとして組成することがあります。

メリット

企業は、CVCを通じて、ベンチャー企業からの経験の獲得、将来のM&A機会の発見、インキュベーションのためのエコシステムの構築を行うことができます。

留意事項
  • 企業は、未来志向の投資判断を可能にするため、ベンチャー企業のCEO/CFOと親会社が一体となったガバナンスと運用モデルを構築する必要がある。
  • 参入市場やテクノロジーの浸透度合い、戦略的目標などの観点から、投資戦略の判断を行う必要があります。財務報告への影響を回避するために、オフバランスでの投資体制を構築する必要がある。
  • 良質なベンチャーキャピタル・スタートアップ⼈材の確保につながる魅⼒的な報酬体系やイノベーション加速のための独⾃の報奨制度を⽤意することが期待される。
  • スタートアップのエコシステムを活用するため、業界との強固な関係を構築することが求められる。
  • 注⽬すべき企業︓Qualcomm社は、拡張現実(XR)分野の投資家から買い⼿に切り替わることで、独創的なビジネスを作り出しました。

    ワイヤレス技術のイノベーターであるQualcomm社は、2007年以来、XR(エクステンデッドリアリティ)分野への投資を着実に⾏ってきました。2021年は、Qualcomm社はXR投資戦略を⾒直し、投資家から買い⼿に切り替わる年でした。

    同社は、フィジカルの空間とデジタルの空間とをつなぐことを可能とするプラットフォームを強化するため、Wikitude社、TwentyBN社、Clay AIR社の3社を買収しました。Qualcomm Ventures社は、5Gアプリケーションやネットワーキングソリューションを有する5Gエコシステムファンドへの投資を⾏うなど、特定のテクノロジーを対象とした継続的な投資を⾏っています。

    これらの⼤胆な投資策の結果、同社はIIoT(Industrial Internet of Things)やコネクティッドビークルなどの新しい分野でいち早くリーダーとなるための新たな可能性を⾒いだすことができています。

    出典CB insights

M&A

M&Aは、迅速にテクノロジーや新製品を獲得する必要がある場合によく行われます。

留意事項

成功する企業は、スタートアップ企業の買収と従来型のM&Aとの違いを認識しています。

  • 対象企業を統合するか、あるいは独立した企業として維持するかについて、比較検討する必要がある。
  • スタートアップ企業のバリューエーションや徹底したプロダクトのデューデリジェンスを実施しなければならない。
  • 企業価値の向上と人材の確保に最適なタイミングおよび基準となるとなる統合モデルを検討することが求められる。
  • 企業間における事業運営モデルや企業文化、働き方の違いに対する配慮が必須となる。
  • 交渉の初期段階から買収後における売り上げシェア拡大を示す計画を策定することが求められる。
画像:第2章
(Chapter breaker)
2

第2章

主な調査結果:どのようにDXに関する取り組みが進んでいるか

多くの企業がDXを進めている一方で、企業によっては依然として明確な戦略や実施計画が存在していません。

より多くの企業が、DX成功の証しとして、デジタルに関するケイパビリティを「獲得」する段階から、ソリューションの「実⾏」に伴う効果を享受し始める段階に移っていることを、DIIは明らかにしています。2022年には、デジタル関連予算の31%がケイパビリティの「獲得」に、デジタル関連予算の69%がソリューションの「実⾏」に充てられています。2020年にはそれぞれ36%、64%でした。このことは、企業が社内の業務改善から顧客視点での新しいデジタル製品やサービスの開発や収益拡⼤へと移行しつつあることを⽰唆しています。

DX成功の証しは、従来のテクノロジー投資の規模からも垣間見ることができます。例えば、多くの企業は、クラウドやIoTへの投資を通じてデータプラットフォームを構築してきました。クラウドやIoT、AIへの投資効果を⼗分に実感できていると回答した企業の数は、2020年から2022年にかけて54%増加しました。これは、主要なデジタル・テクノロジーの概念実証と事業構想の段階から、上市の段階へと切り替わったことを意味します。

多くの企業は、DXの⾜固めを⾏いながら、利益の実現に向けて進んでいます。

DXのための資金を確保するためには、戦略が重要

⼗分な資⾦を確保するためには、明確な戦略やユースケース、臨機応変な姿勢が前提となります。今回の調査では、DX戦略を企業⽂化やスピード、明確な役割、検証プロセス、指揮命令系統などの運営体制に結び付ける企業が増えていることが⽰されました。しかし、明確な実⾏計画と経営陣の役割が盛り込まれたDX戦略の策定に関しては、多くの企業が依然として改善の余地を残しています。

デジタル投資の成功に不可⽋なDX戦略を明確に設定していると確信している経営者は、わずか16%にすぎません。しかし、この数字は前回の調査より増加しています(図2参照)。

今後2年間は資⾦調達が容易になると回答している企業もある⼀⽅、半数以上の経営者がDXに対する予算管理や資⾦確保について課題に直⾯しています。例えば、あるライフサイエンス企業は、市場に展開できる89のデジタル製品を有していました。これらの製品のうち、追加的な収益につながったのは25%未満でした。この企業にとって重要なことは、最も価値のあるデジタル製品とサービスに集中することで、テクノロジープラットフォームや必要となるケイパビリティ、参⼊可能な市場を踏まえた明確なユースケースを開発することでした。上記実現を目指し、目標への道筋を明確に定めたことで、CFOは今後3年間の資⾦計画を⽴案することができました。

2022年、企業は引き続き顧客体験に注力

顧客体験の向上が主要な目標であると経営者は述べており、多くの企業のDXでの優先事項は依然として顧客との関係です。具体的には、42%の経営者が、今後2年間は顧客との関係獲得、関係の維持、顧客体験の向上が最優先事項の1つになると回答しています。また、半数以上(55%)の経営者が、デジタル投資によってポジティブな効果が得られた分野として「顧客体験(CX)の改善」を挙げています。しかし、この分野でより精度が高い予測モデルや個別最適化を行うためには、企業は顧客データを活用する必要があります。

画像:第3章
(Chapter breaker)
3

第3章

デジタルリーダーからの教訓

デジタルリーダーたちは、より洗練されたテクノロジーへの投資を進め、企業文化に配慮しながら、デジタル戦略を策定しています。

デジタル・パフォーマンス・リーダーと呼ばれる一部の経営者グループは、デジタル投資の成功という点で、他社に一線を画しつつあります。

このグループ(126社、調査対象企業の8%)は、(1)2022年に自社のRODIが8%以上になると予想され、(2)自社がデジタル施策の成功により他社をリードすることに確信する企業として定義されています。デジタルリーダーは、アジア太平洋地域(Asia-Pacific)、欧州・中東・アフリカ地域(EMEIA)、南北アメリカを含む主要地域に均等に分布しています。業種は、通信、メディア、テクノロジー、インフラ、ヘルスケアなど多岐にわたっています。

デジタル・パフォーマンス・リーダーとはどのようなものか

EYの調査によると、デジタルリーダーはデジタル投資のパフォーマンスを追跡し、他社よりも大きな財務的インパクトを生み出し、デジタル投資をより早く成功させる傾向があることが示されています。

  • デジタルリーダーの平均的なRODIは平均10.8%であるのに対し、非デジタルリーダーの平均的なRODIは5%と報告されている。
  • 今後2年間のデジタル投資について、非デジタルリーダーは10人に1人が売上高増加に貢献すると答えたのに対し、、デジタルリーダーは5⼈に1⼈が貢献すると考えている(図4)。

どのようにデジタルリーダーは他社との差別化ができているのか

デジタルリーダーは、DXの足固めに多額の投資を行い、チームやテクノロジー、データプラットフォームを整備することで、予想を上回る価値創造を実現しています。デジタルリーダーは現在、DXの次のステージに進んでおり、大多数(87%)が、リターンと支出に対するガバナンスとモニタリングのアプローチを一元化しています。

中央集権的なガバナンスの採⽤

79%

のデジタルリーダーが、デジタル投資の成果を特定、測定、報告するための組織的な仕組みを持ち合わせている

業種や売上高に占めるデジタル投資の割合、投資手段の観点で、リーダーと調査対象となった他社との間に明確な差はありません。しかし、企業文化の観点では明確な違いが見られました。デジタルリーダーの46%が、デジタル戦略を策定する際に企業文化を変えることが必要であると考えています。

一部のデジタルリーダーは以下のように述べています。

  • 不測の事態が発生した際でも、調整が可能な戦略を策定するべきである。
  • 従業員がチャレンジを恐れず、アジリティとスピードを高めることが受け入れられる「早く失敗する(fail fast)」文化を醸成すべきである。
  • 人材やスキルのギャップ、組織間の一貫性の欠如は高いRODIを達成するための障害となりにくい。
  • 綿密な準備が必要なDXを推し進めるために、チームリーダーやチェンジエージェントに権限を与える必要がある。多くのデジタルリーダーは、パンデミックを経て、職場の柔軟性を確保すること、人材を引き付ける新しい戦略を策定すること、デジタル投資の成果を測定するアプローチを仕組み化することの重要性を痛感した。
  • 将来性を評価するため、既存事業とは切り離した形で、DX事業における運用モデルやインセンティブ体系、成果指標を設定する必要がある。
  • 事業運営モデルとの連携や事業運営スピードの向上につながる基盤テクノロジーの投資と強化を経て、デジタル投資を通じたイノベーションの促進と新製品・新サービスの開発に集中することが重要である。また、コーポレート部門や事業部門などを巻き込むことが、特定顧客のニーズ取り込み成功の要因となる。半数以上のデジタルリーダー(55%)が、2021年のデジタル投資によって、顧客体験の向上や、新しいデジタル製品およびサービスの上市に成功したというポジティブな効果を実感していると回答している。デジタルリーダーの48%が、新しい製品やサービスの上市を今後の投資における最重要目標に挙げている。
  • ユースケースに対する優先順位を慎重に付け、かつ投資・企業目標に連動したスケジュールで資金調達を行いながら、無駄のないアプローチを採用すべきである。デジタルリーダーは、投資の意思決定を厳密かつ、スピーディー、効果的なものとするために、アジャイルな事業運営モデルの下で成果管理が可能なガバナンスを構築している。このガバナンスの下では、リアルタイムダッシュボードを通じて、ユーザーや顧客の反応を追跡することが可能となり、その結果を現在と将来の戦略へのインプットとすることができる。 
  • 注目すべき企業:ソニーはモビリティとAIのエコシステムを最優先

    ソニーは、投資やパートナーシップを通じて、モビリティ分野での存在感を急速に高めています。

    2022年、ソニーは、当面の目標である電気自動車「Vision-S」の発売のために、新しい事業会社である「ソニーモビリティ」を設立しました。ソニーは2022年3月にホンダと戦略的提携を結び、電気自動車の開発・販売とモビリティサービスを行うことになりました。

    ソニーモビリティの注⽬すべき先駆けは、2018年のタクシー・ハイヤー合弁会社「みんなのタクシー」の設⽴でした。この取り組みに加えて、what3words社に⾒られるモビリティ投資は、既存の⾞載センサーやインフォテインメント機能とともに、急速に進化するモビリティ分野で注⽬を浴びました。

    同時に、ソニーはAIへの積極的な投資を続けており、2017年以降、合計25件の投資やパートナーシップを実施しています。2020年には、AIソリューションの研究開発に特化した100%⼦会社であるソニーAI社を⽴ち上げました。買収、パートナーシップ、スタートアップへの投資を組み合わせることで、ソニーはAIエコシステムの取り組みをゲームやエレクトロニクス分野の製品の発展につなげてきました。さらに、ソニーAI社、ソニーモビリティ社、ソニー・インタラクティブエンタテインメント社も、エンターテインメントとセンシングビジネスの可能性を追求し始めました。

    出典CB insights

デジタルリーダーが向かう次のフロンティア

市場シェアの拡大や目先の利益を求めて、インオーガニックな投資を選ぶ企業がいる一方で、デジタルリーダーは経験獲得や仮説検証、既存顧客との関係強化、企業文化の変化のためにインオーガニックな投資を活用しています。

デジタルリーダーによる、⾼度なテクノロジーへの投資は際⽴っています。デジタルリーダーによれば、特にロボット化と⾃動化(72%、⾮デジタルリーダー︓36%)、AI(39%、⾮デジタルリーダー︓19%)の分野で利益を上げることに成功しています。多くの企業が引き続き基盤データおよび分析能⼒を改善する中で、デジタルリーダーは、クラウドとIoTへの投資に集中する予定であり、今後2年間にブロックチェーンなどのさらに⾼度なテクノロジーに投資する傾向が⾼くなっています(30%、⾮デジタルリーダー︓20%)。このことは、多くの企業がDXを進めている中で、デジタルリーダーが⼀歩先を進んでいることを⽰唆しています。

結論

競合他社がスピーディーなデジタル投資を行う中、経営者は最適な投資の在り方を判断し、デジタル投資に対する測定可能なリターンを検証することがこれまで以上に求められています。最適な投資判断を通じて、高いRODIを実現することは、前回のDIIから引き続き課題であります。デジタル投資を効果的なものとするために、資本配分は柔軟な戦略と企業文化とともに重要となっています。

次の5つのステップで、デジタル投資戦略を強化すべきです。

  1. デジタル投資の有効活用:企業戦略目標、テクノロジーポートフォリオ、ROI、ビジネスへの潜在的な影響に配慮しながら、デジタル資本配分戦略を推進するための明確なガイドラインを設定する。
  2. インオーガニックな成長戦略の策定:社内のリソースを強化するか、あるいはインオーガニックな投資(買収やパートナーシップなど)を活用するかを決める。
  3. デジタル基盤の整備:より高度なデジタル施策を検討する前に、最優先で今後のキーストーンとなる基盤テクノロジーに投資する。
  4. さらなるデジタル施策に向けたロードマップの作成:デジタル施策の優先順位付けや開発、デジタル施策強化に向けた組織的なプロセスを定める。
  5. 成果を測定するための強力なガバナンスモデルの構築:測定基準の設定や主要な業績評価指標の見直し、ポートフォリオへの影響の評価を行う。

EYパルテノンの寄稿者:Isaac Branaum, Shai Eilat, Ankur Sharma, Daniel Weil, Andy Youn and Richard Yang.

  • CB insightsの方法論

    この調査における対象は、業界内で上位5%の投資および買収を行っていた企業です。 CB Insightsは、新興テクノロジー分野(人工知能、ロボット工学、ブロックチェーンなど)における買収と投資を分析しました。

  • 参考記事を表示する#参考記事を非表示にする

    1. 2021年のRODI8%以上であり、かつ、アンケートで「自社は他社よりDX領域において優れている」という項目について”strongly agree”と回答した企業をリーダーと定義している。
    2. 「デジタル」とは、AI、ブロックチェーン、アプリケーション、ロボティクス、自動化、IoT、クラウドなどにより可能となったビジネスソリューションやユースケースであり、その目的は社内の効率性改善や新商品・サービス投入による売上高増加である。
    3. Research Report: Venture Trends 2021, CB Insights.

サマリー

EY-Parthenonの調査によると、企業は多くの資金を引き続きDX関連の取り組みに投資する予定であることが明らかになりました。

数年にわたる大規模なデジタル投資を通じて、企業はオペレーションを見直し、成果を出すことを強く求めています。

デジタル投資に当たってはインオーガニックな手段が選ばれるケースが多いとは言え、オーガニックな手段とインオーガニックな手段を組み合わせすることが成功のカギを握っています。

この記事について

執筆者
Joongshik Wang

EY-Parthenon Asean Leader; EY Asean Technology, Media & Entertainment and Telecommunications Sector Market Segment Leader

Extensive experience as a strategy and M&A consultant in Southeast Asia, China and South Korea. Commercial tech advisor to private equity firms and large corporates.

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Driving value through strategic growth initiatives with a focus on digital business transformations. Avid reader. Organic farming enthusiast.

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