EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本有限責任監査法人 メディア・エンターテインメントセクター
公認会計士 泉家章男/槙田篤史/竹下大介/吉野 緑
わが国においては、映画・映像作品に関する固有の会計基準が存在しないため、会計慣行の範囲内で各社各様の処理が行われているのが現状となっています。
わが国の会計慣行上、採用されている計上科目とその論拠を整理すると次のようになると考えられます。
科目 |
論拠 |
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棚卸資産
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無形固定資産 |
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有形固定資産 |
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投資有価証券、出資金 |
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映画・映像作品の制作費を棚卸資産として計上する実務は、比較的歴史のある上場映画会社において多く見られるもので、当該処理が継続して採用されるうちに、一つの会計実務として定着したものと考えられます。
映像作品の制作費を棚卸資産とする論拠は、映像作品が収益を獲得する目的で制作される点にあります。すなわち、映像作品は、収益を獲得することを目的として保有しているという点で、棚卸資産の典型である一般的な商製品と変わるところはないという解釈や、販売過程において短期間のうちに消費される資産という点において棚卸資産に該当すると考えられます。
転売目的で権利や映像マスターを保有する場合は、販売を目的として保有する資産となり、典型的な棚卸資産といえます。
この処理の論拠は、映画・映像作品は、収益獲得を目的として制作されるものの、それを直接販売することによって収益が獲得されるのではなく、映画・映像作品を「利用」することによって収益が獲得されるという点にあると考えられます。すなわち、映像作品は、商製品のようにそれを直接販売することにより収益を獲得することが目的ではなく、興行や映像作品を複写したDVDの販売等、映画・映像作品を「利用」することにより収益が獲得される点に着目し、その性質が無形固定資産と解釈されたものと考えられます。
少数派ではありますが、映画・映像作品制作費を有形固定資産として処理しているケースも見受けられます。映画・映像作品制作費を棚卸資産ではなく固定資産とする論拠は、無形固定資産とする場合と同様に、映画・映像作品はそれを「利用」することによって収益を獲得すると解釈されていることによるものと考えられます。
無形固定資産ではなく、有形固定資産とする論拠は、法人税法上、映画フィルムが有形固定資産の「器具及び備品」に区分されていることや、映画・映像作品は通常、フィルムやディスク等のメディアに保存されることから、外観上、物理的な実態がある点に着目したものと考えられます。
製作委員会等に出資は行うものの、純粋に分配金の受け取りのみが目的である場合があります。そのようなケースにおいては、当該出資は、投資有価証券又は出資金等として処理されるのが通常です。出資金が、金融商品取引法上の「有価証券」に該当する場合は投資有価証券、それ以外の場合は出資金等で処理することになると考えられます。
映像作品をDVDやビデオ等に複写して販売する場合のBD/DVD等のメディア代、複写費用、パッケージ印刷費、梱包費等については、販売を目的として保有する資産である点で、典型的な棚卸資産といえます。そのため、これらの費用は棚卸資産として処理されるのが通常であると考えられます。
映画制作費について資産計上を開始するタイミングについても、わが国の会計基準上明確になっておらず、実務上資産計上開始のタイミングの判断は、各社に委ねられているのが現状です。
各企業において、費用収益対応の原則の観点から、取引実態に合わせて、制作費に資産性が認められるようになった時点から資産計上が開始されていると考えられます。そのため、各企業間で判断基準が統一されておらず、資産計上の開始時点が異なっている可能性があると考えられます。
わが国における主な実務を整理すると、資産計上を開始するタイミングとしては、次の三つのパターンが考えられます。
映画制作費の費用化の方法については、法人税法上の取扱いが定められているのみであるため、やはり会計慣行上幾つかの処理が存在します。
実務上の処理について整理すると次のとおりとなりますが、これらの処理は、映像作品の計上科目が棚卸資産か、固定資産かに関わらず適用されているのが実情です。すなわち、映像作品を棚卸資産に計上しつつも、固定資産の費用化の手段である減価償却方法と同様の方法が採用されているケースも多く見受けられます。
これは、市場販売目的のソフトウェアに適用される償却方法と同様の償却方法であり、映像作品については売上との関連が明確であるため、このように収益の獲得に伴って償却を実施するのが理論的とも考えられます。
具体的な手続としては、あらかじめ当該映像作品から獲得できる総収益を見積もり、見積り総収益に占める当期の実現収益の割合をもって当期の償却率とすることになります。ただし、映像作品は、個別要因により収益が大きく影響されることが通常であり、また、総収入に対する二次利用からの収益の重要性が高いにも関わらず、作品完成時点で二次利用からの収益を予測することが非常に困難であるため、償却率の客観性を確保することは一般的には難しいと考えらます。そのため、わが国においては、この償却方法を採用している事例は少ないと考えられます。
法人税法上の法定償却方法を採用している場合は、映画フィルムは「器具及び備品」に区分され、耐用年数は2年と規定されています。
「器具及び備品」の法人税法上の法定償却方法は、定率法ですが、所轄の税務署に届け出ることにより定額法を採用することも可能となっています。
国税局長の許可が必要になりますが、映画用フィルム(二つ以上の常設上映館で上映されるもの)については、「耐用年数の適用等に関する取扱通達」において、下記の特別な償却率による減価償却が認められています。これは10カ月間で映画用フィルムの減価償却を完了させるものです。
「耐用年数の適用等に関する取扱通達」のただし書において、上記の国税局長の認定を受けている会社で、事業年度が6カ月間の会社については、映画の封切が行われた事業年度に85%を翌期に残りの15%を償却する会計処理が認められています。
この償却方法を適用する場合には、全ての映画用フィルムについて一律に当該方法を適用する必要があります。ただし、この特別な償却率を適用するためには、事業年度の期間が6カ月であることが必要とされております。
大手映画製作会社のなかには、当該償却率を採用している会社もありますが、いずれも現在は事業年度が1年の会社で、本来は適用が認められないところでありますが、事業年度が6カ月であった時代より継続して適用していること等を考慮し、国税当局との個別折衝等に基づいて例外的に現在も適用が認められているものと考えられます。
その他実際に採用されている減価償却方法には、以下のようなものが挙げられます。
各社が自社の実情に合わせて、法人税法で定められる2年以外の償却期間を設定するケースも見られます。同一の償却期間を全ての映像作品に一律に適用するのではなく、配給権、テレビ放映権、オールライツ等の権利内容により異なる期間を設定するケースも見受けられます。
見積り回収期間にわたる月次均等償却や級数法等により償却している会社も見受けられます。
映像作品を棚卸資産として計上している場合には、「棚卸資産の評価に関する会計基準」(企業会計基準第9号)が適用されることとなります。すなわち、期末において、資産の帳簿価額と正味売却価額を比較し、帳簿価額が正味売却価額を下回る場合には、正味売却価額まで帳簿価額を切り下げる処理が行われています。
映像作品の場合の正味売却価額をどのように算定するかについては、例えば、将来の不確実性を考慮した上での、期末日以降の予想収益から予想費用を控除した金額(又はキャッシュ・フロー)を現在価値に割り引いた金額等が考えられます。
正味売却価額の見積もり方法の実例としては、制作予算規模・俳優の人気・過去の類似作品の実績・最近の市況等を踏まえて予想収益を見積もり、当初計画からの変更・スケジュールの遅延・予算を超過するコストの発生見込、映像作品が完成できない又は公開できない可能性等を考慮して追加発生が見込まれる原価及び販売直接経費を予想費用として見積りを行うことが考えられます。
映像作品を固定資産に計上している場合には、「固定資産の減損に係る会計基準」が適用され、減損の兆候(連続した営業損失やマイナスの営業キャッシュ・フローの計上等)の有無を検討した上で、減損の兆候が認められる場合には減損テストを実施し、将来の回収可能価額が帳簿価額を下回っている場合には、当該差額を減損損失として認識することとなります。
このように、わが国の会計実務では、経済実態は同じであったとしても、映像作品を棚卸資産に計上するか、固定資産に計上するかで、期末評価の際に適用される会計基準が異なることとなります。
すなわち、映像作品を棚卸資産に計上している場合は、いわゆる低価法が適用されることにより、貸借対照表価額は映像資産の売却価値を表すこととなる一方、映像作品を固定資産に計上している場合は、減損会計が適用されることにより、貸借対照表価額は映像作品の回収可能価額を表すこととなります。