2023年第1四半期のIPO:チャンスが訪れたときに上場する準備はどの程度できているか

執筆者 Paul Go

Asia-Pacific EY Private Assurance Leader

Leads Chinese and multinational companies in client servicing domain. Heads Hong Kong real estate, hospitality and construction sector audit group.

4 分 2023年7月3日

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2023年第1四半期も世界のIPO市場は望ましくない状況から抜け出せずにいました。

要点
  • 世界全体のIPOは2023年第1四半期、対前年比で件数が8%減少し、調達額も61%減った。
  • メガIPOは中東の案件1件のみで、調達額は25億米ドルであった。
  • 世界全体のIPO案件を地域別で見ると、第1四半期はAsia-Pacific(アジア・パシフィック)が最も多く、全体の59%を占めた。

2023年も、世界のIPO市場はいまだに足踏み状態から抜け出せずにいます。金利上昇、株式市場の不調、インフレの継続、世界の銀行業界の予期せぬ混乱を背景に、IPOは世界全体で件数が299件、調達額が215億米ドルで、それぞれ前年に比べ8%と61%減少し、第1四半期も不振が続きました。一方、経済・地政学的環境を取り巻くこのような不確実性が続く状況にあるものの、IPOパイプラインは引き続き積み上がっており、今年後半には好転するとの期待も残ります。こうした調査結果などを、2023年第1四半期における世界のIPO市場動向レポートにまとめました。

近年IPO活動の中心を担ってきたテクノロジー企業は企業価値評価額が急落し、暗号資産市場と世界の銀行業界も混乱に陥り、状況改善の助けにはなりません。IPO件数ではテクノロジーセクターが引き続き首位に立っていますが、2023年第1四半期のトップ10に名を連ねた企業のうち4社は、エネルギーセクターに属しています。

また、買収対象企業の特定・買収を完了した特別買収目的会社(SPAC)の高い解散率や上場後の業績低迷が、投資家の新規IPOへの投資意欲をそぐ要因となりました。第1四半期は、SPACによるIPO活動が近年で最も低調な期間の1つとなり、件数がここ6年で最低を記録し、調達額も2016年以来の低水準に落ち込んでいます。市場環境は相変わらず厳しく、2021年初旬に上場したSPACの発起人の多くは、買収取引を完了させるか解消する必要があることから、IPO活動は短期的に鈍化することになりそうです。

世界のIPO

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地域別パフォーマンスの概要:初期に見られた楽観ムードは第1四半期末までに消滅

Americas(北・中・南米)のIPO活動状況は2022年第1四半期の状況とさほど変わりませんでしたが、過去10年間の第1四半期の水準を大きく下回りました。件数は40件、調達額は26億米ドルで、対前年比でそれぞれ11%と9%増加しています。国別で見ると、米国では31件の案件があり、そのうち5,000万米ドルを超えていたのは8件です。一方、カナダでは2022年5月以来最大のIPOが実施され、調達額が1億米ドルを超えました。IPOの活動はどちらかというと低調であるものの、インフレ、金利、企業価値評価額、市場のボラティリティの面で明るい兆しがいくつか見られるようになってきており、これがAmericasのIPO市場が回復するきっかけとなる可能性もあります。

Asia-Pacific(アジア・パシフィック)のIPO市場は世界のIPO案件の59%を占めていますが、2023年第1四半期は件数が175件、調達額も127億米ドルにとどまり、対前年比で件数が6%減り、調達額に至っては70%も落ち込みました。今年に入りゼロコロナ政策がほぼ完全に撤廃されたにもかかわらず、中国本土の市場は従来に比べ動きが若干低調でした。とはいえ、世界のIPO調達額全体の40%以上を依然として占めており、今後も順調な回復軌道に乗ることが見込まれます。香港も本来は新規上場が活発ですが、いつになく静かでした。投資家が市場回復のさらなる兆候が現れるのを期待し、手元資金を残す中、Asia-Pacific全体で「様子見」の姿勢が見られました。

EMEIA(欧州、中東、インド、アフリカ)のIPO活動は、市場環境を受けてIPOの申請を取り下げたり先送りしたりする企業が多く、第1四半期は件数が84件、調達額が62億米ドルにとどまり、対前年比でそれぞれ19%と36%減っています。中でも調達額の落ち込みが最も大きかったのはインドです。上場件数は50%増えたものの、調達額は83%も急減しました。一方、中東は第1四半期にメガIPOが実施された世界で唯一の地域です。経済指標が明るい内容であるにもかかわらず、投資家は用心深い姿勢を崩していません。買い手市場となり投資家は投資先を今まで以上に厳選し、収益性が高く、サステナブルなビジネスケースを求めているのです。

2023年第2四半期の見通し:希望の兆し

極めて厳しい経済的・地政学的状況にあるものの、インフレがピークを越えつつあり、エネルギー価格の高騰も沈静化し始め、中国本土の経済が回復に転じるなど、明るい兆しも見えてきました。とはいえ、株式市場が安定し、回復するまで企業が上場を先送りしていることからIPO予備軍は増え続けているのが現状です。

予測が極めて難しく、インフレが長引く環境下で、これまで成長企業や将来性のある企業への投資を志向していた投資家が、今では収益性を高める仕組みやキャッシュフローを重視するようになっています。今年は、多様化を求める投資家の声の高まりに加え、協力計画や株式相互取引(ストックコネクト)制度を含めた政府間の連携も、重複上場と国境をまたいだM&Aの増加を促す要因となるかもしれません。

企業はもうしばらく、高コスト・低流動性環境にうまく対応していく必要があると思われます。市場が今より安定し、確実性が向上したことを示す確かな証拠が得られれば、投資家の意欲も戻るはずです。また、IPO計画を延期していた有力企業は、企業価値評価額がさらに下がったとしても、計画を再開させるかもしれません。

EY Global IPO LeaderのPaul Goは次のように述べています。「マクロ経済や地政学の不確実性が続き、世界の銀行業界を取り巻く厳しい環境がこれに拍車をかける中、IPOの好機は失われつつあり、資金調達の条件も厳しくなってきました。投資家は成長より価値を優先させています。

IPOを目指している企業は、ファンダメンタルズが強固な、サステナブルな事業の確立に注力し、ボラティリティの高い環境でも成長できる体制を整え、上場に伴う課題と機会に対応していく必要があります」

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株式公開の手引きは、IPO前、IPO期間中、そしてIPO後において、企業が戦略的に検討すべき事項を取り扱っています。

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    上の棒グラフは、2019年~2022年(通年)と2023年(年初来累計)の世界におけるIPOの件数の推移を示しています。各年の件数は2019年(通年)が1,146件、2020年(通年)が1,452件、2021年(通年)が2,436件、2022年(通年)が1,415件、2023年(年初来累計)が299件です。

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    上の棒グラフは、2019年~2022年(通年)と2023年(年初来累計)の世界におけるIPOの調達額(単位:10億米ドル)の推移を示しています。各年の調達額は2019年(通年)が2,083億米ドル、2020年(通年)が2,713億米ドル、2021年(通年)が4,599億米ドル、2022年(通年)が1,843億米ドル、2023年(年初来累計)が215億米ドルです。

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    上の棒グラフは、2023年のIPO件数・調達額(年初来累計)の対2022年(年初来累計)比増減率を地域別にまとめたものです。増減率は、世界全体で件数が8%減、調達額が61%減、Americasでは件数が11%増、調達額が9%増、Asia-Pacificでは件数が6%減、調達額が70%減、EMEIAでは件数が19%減、調達額が36%減です。

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    上の棒グラフは、2023年のIPO件数(年初来累計)の対2022年・2021年比をセクター別にまとめたものです。件数は、テクノロジーセクターで2023年(年初来累計)が62件、2022年が328件、2021年が631件、工業セクターで2023年(年初来累計)が54件、2022年が222件、2021年が314件、消費財セクターで2023年(年初来累計)が54件、2022年が187件、2021年が306件、素材セクターで2023年(年初来累計)が49件、2022年が217件、2021年が303件、ヘルスケア・ライフサイエンスセクターで2023年(年初来累計)が22件、2022年が168件、2021年が391件、エネルギーセクターで2023年(年初来累計)が18件、2022年が93件、2021年が141件、メディア・エンターテインメントセクターで2023年(年初来累計)が13件、2022年が29件、2021年が48件、不動産セクターで2023年(年初来累計)が10件、2022年が54件、2021年が106件、小売セクターで2023年(年初来累計)が10件、2022年が50件、2021年が62件、金融セクターで2023年(年初来累計)が5件、2022年が44件、2021年が107件、テレコムセクターで2023年(年初来累計)が2件、2022年が23件、2021年が27件でした。

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    上の棒グラフは、2023年のIPO調達額(年初来累計/単位:10億米ドル)の対2022年・2021年比をセクター別にまとめたものです。調達額は、エネルギーセクターで2023年(年初来累計)が59億米ドル、2022年が398億米ドル、2021年が276億米ドル、工業セクターで2023年(年初来累計)が46億米ドル、2022年が305億米ドル、2021年が644億米ドル、テクノロジーセクターで、2023年(年初来累計)が38億米ドル、2022年が374億米ドル、2021年が1,491億米ドル、素材セクターで2023年(年初来累計)が22億米ドル、2022年が165億米ドル、2021年が227億米ドル、消費財セクターで2023年(年初来累計)が16億米ドル、2022年が98億米ドル、2021年が422億米ドル、ヘルスケア・ライフサイエンスセクターで2023年(年初来累計)が12億米ドル、2022年が175億米ドル、2021年が672億米ドル、金融セクターで2023年(年初来累計)が11億米ドル、2022年が97億米ドル、2021年が337億米ドル、小売セクターで2023年(年初来累計)が5億米ドル、2022年が80億米ドル、2021年が151億米ドル、メディア・エンターテインメントセクターで2023年(年初来累計)が3億米ドル、2022年が13億米ドル、2021年が63億米ドル、不動産セクターで2023年(年初来累計)が2億米ドル、2022年が41億米ドル、2021年が159億米ドル、テレコムセクターで2023年(年初来累計)が1億米ドル、2022年が98億米ドル、2021年が157億米ドルでした。

IPOを成功に導く可能性を最大限に高めるために企業が取るべき対策に関して、より詳細な洞察を参照するにはEYの株式公開の手引き(PDF、英語版のみ)をダウンロードしてください。

  • 全グラフのデータ定義

    本記事および世界のIPO市場動向におけるデータ:2023年第1四半期レポートで示されたデータの出典は、DealogicおよびEYの分析結果によるものです。2023年第1四半期のデータは、2023年1月1日から2023年3月21日までに完了したIPOに加え、2023年3月31日までに完了すると(2023年3月21日時点で)予想されるIPOが対象です。またデータはいずれも、2023年3月21日(終業時間)時点のものです。

    • 今回のレポートやニュースリリースに記載するIPO統計の集計にあたっては事業会社のIPOのみを対象とし、IPOを「企業が新規に上場し、市場に株式を公開すること」と定義しています。
    • 本レポートの対象は、取引初日(証券取引所で取引が開始された日)と取引金額(オーバーアロットメントによる売り出しを含めた調達資金)に関するデータをDealogicとEYのチームが提供しているIPOのみです。
    • 取引初日に基づき、どの四半期のディールとして扱うかを決めています。そのため、延期されたIPO、あるいは公募価格がまだ決められていないIPOは除外されています。店頭(OTC)上場も対象外としています。
    • 信託、ファンド、特別買収目的会社(SPAC)など、事業会社以外のIPOを除外するため、標準産業分類(SIC)の以下のコードに該当する企業は対象から外しています。
      • 6091:信託・保証・管理業務を行う金融事業者
      • 6371:厚生基金、年金基金、それらの事務代行会社(TPA)、その他の金融ビークルなどの資産運用会社
      • 6722:オープンエンド型投資ファンド会社
      • 6726:その他の金融ビークル会社
      • 6732:助成金を交付する基金事業者
      • 6733:信託、財産、代理店勘定を扱う資産運用会社
      • 6799:特別買収目的会社(SPAC)
  • 地域別IPO銘柄パフォーマンスの定義

    • アフリカには、アルジェリア、ボツワナ、エジプト、ガーナ、ケニヤ、マダガスカル、マラウイ、モロッコ、ナミビア、ルワンダ、南アフリカ、タンザニア、チュニジア、ウガンダ、ザンビア、ジンバブエが含まれる。
    • Americas(北・中・南米)には、アルゼンチン、バミューダ、ブラジル、カナダ、チリ、コロンビア、エクアドル、ジャマイカ、メキシコ、ペルー、プエルトリコ、米国が含まれる。
    • ASEAN(アセアン)には、ブルネイ、カンボジア、グアム、インドネシア、ラオス、マレーシア、モルディブ、ミャンマー、北マリアナ諸島、フィリピン、シンガポール、スリランカ、タイ、ベトナムが含まれる。
    • Asia-Pacific(アジア・パシフィック)には、上記のASEAN諸国、以下に示す中華圏、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、フィジー、パプア・ニューギニアが含まれる。
    • EMEIA(欧州、中東、インド、アフリカ)には、アルメニア、オーストリア、バングラデシュ、ベルギー、ブルガリア、クロアチア、キプロス、チェコ共和国、デンマーク、エストニア、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、アイスランド、インド、アイルランド、マン島、イタリア、カザフスタン、ルクセンブルク、リトアニア、オランダ、ノルウェー、パキスタン、ポーランド、ポルトガル、ロシア連邦、スペイン、スウェーデン、スイス、トルコ、ウクライナ、英国のほか、以下に示す中東諸国、上記のアフリカ諸国が含まれる。
    • 中華圏には、中国、香港、マカオ、台湾が含まれる。
    • インドには、インドおよびバングラデシュの証券取引所におけるIPOが含まれる。
    • 中東には、バーレーン、イラン、イスラエル、ヨルダン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、シリア、アラブ首長国連邦、イエメンが含まれる。
  • セクター別のIPOディールとIPO取引金額の定義

    各企業の標準産業分類(SIC)コードを使用して、トムソン・ロイター社の産業分類に従ってセクターを分類しています。11のセクターがあり、その定義と具体的な産業名は以下の通りです。横軸にセクターが11あります。

    • 消費財:「消費必需品」と「消費財・サービス」を合わせたセクター。具体的な対象産業:農業・畜産、飲食、家庭・個人用品、繊維・アパレル、たばこ、教育サービス、人材サービス、家具・インテリア、法務サービス、その他の消費財、プロフェッショナルサービス、旅行サービスなど
    • エネルギー:具体的な対象産業:代替エネルギー源、石油・ガス、その他のエネルギー・電力、石油化学製品、パイプライン、電力、水・廃棄物管理など
    • 金融:具体的な対象産業:資産運用、銀行、証券会社、信用機関、各種金融、政府系企業、保険、その他の金融など
    • ヘルスケア・ライフサイエンス:具体的な対象産業:バイオテクノロジー、医療機器・用品、ヘルスケア事業者・サービス(HMO)、病院、製薬企業など
    • 工業:具体的な対象産業:航空宇宙・防衛、自動車・部品、建築/建設・エンジニアリング、機械、その他の工業、運輸、インフラなど
    • 素材:具体的な対象産業:化学、建設資材、容器・包装、金属・鉱業、その他の素材、紙・森林製品など
    • メディア・エンターテインメント:具体的な対象産業:広告・マーケティング、放送、ケーブルテレビ、カジノ・賭博、ホテル・宿泊、映画・AV、その他のメディア・エンターテインメント、出版、レクリエーション・レジャーなど
    • 不動産:具体的な対象産業:非住居用、その他の不動産、不動産管理・開発、住居用不動産など
    • 小売:具体的な対象産業:アパレル小売、自動車小売、コンピューター・電子機器小売、ディスカウントショップ、百貨店、飲食店、住宅リフォーム、通販(オンラインとカタログ)、その他の小売など
    • テクノロジー:具体的な対象産業:コンピューター・周辺機器、電子機器、インターネットソフトウエア・サービス、ITコンサルティング・サービス、その他のハイテクノロジー、半導体、ソフトウエアなど
    • テレコム:具体的な対象産業:その他のテレコム、宇宙・人工衛星、電気通信設備、電気通信サービス、無線など

過去のIPOレポート

サマリー

2023年第1四半期における世界のIPO市場動向レポートでは、2022年から2023年第1四半期にかけても低迷が続くIPO市場の現状が明らかになりました。不確実性の高まりを受けて、IPOを目指している企業と投資家は慎重な姿勢を崩しておらず、好機が訪れるのを待っています。

この記事について

執筆者 Paul Go

Asia-Pacific EY Private Assurance Leader

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