情報センサー

ポスト・スマートシティ 第6回 真のスマートシティへの布石としての統合型リゾート(IR)


情報センサー2021年3月号 パブリックセクター


EY新日本有限責任監査法人 EY Japan 統合型リゾート(IR)支援オフィス 渡邉真砂世

慶應義塾大学法学研究科修士課程・東京大学法科大学院修了。金融系シンクタンクを経て2013年に当法人に入所。公共経営改革、政府インセンティブ・特区政策等の調査研究・アドバイザリー案件に数多く従事。わが国における新しい法制度導入・改革支援の実績が豊富。IR関連では、海外事例・法制度調査、事業者公募支援アドバイザリー等に従事している。

Ⅰ はじめに

2020年12月に、統合型リゾート(以下、IR)の整備に関する国の基本方針が決定されました。IR整備の意義・目標、IR区域認定に関する基本的な事項、カジノ施設の有害影響排除施策等について規定されています。また、自治体によるIR区域認定申請の期限を22年4月28日とする政令も閣議決定されました。これらを踏まえ、IR誘致を希望する自治体は、IR事業者を公募により選定した上でIR事業者と共にIR区域整備計画を策定し、期限までに国に認定申請を行います。恐らく22年内に、国は上限三つのIR区域認定を行うと想定されます。実際のIRの開業は、20年代後半が見込まれています。

上記のように、21~22年はIRに関して各地・国でさまざまな検討議論がなされる予定です。本稿では、スマートシティに関心をお持ちの皆さまに、スマートシティとIRの関わりについて説明します。

Ⅱ IR区域に求められるスマートシティ

21年2月1日現在、大阪府・市、和歌山県、長崎県、横浜市がIRについての実施方針を策定・公表し、IR事業者公募の募集要項・選定基準を公表済みです。

これらの実施方針・選定基準をみると、各自治体ともスマートシティについて言及しています(実施方針の記述については、<表1>参照)。IR地域は数十万ヘクタール規模の新規開発プロジェクトのため、スマートシティを検討しやすいといえます。

各自治体の共通点としては、IR区域にエネルギー利用について省エネ等の環境への配慮を求めていることが挙げられます。IRのような24時間営業の巨大リゾートのエネルギー需要は大きく、事業者には配慮が求められます。海外のIRでは、再生可能エネルギーの利活用に積極的な先進事例が多数存在しています。

また、大阪府・市、和歌山県、横浜市では、来訪者に関するビッグデータの利活用による観光促進についての記述が見られます。例えば、来訪者の購入データをビッグデータとして分析し、レコメンデーションやマーケティング等に利活用することが考えられます。顔認証技術等を用いてIR区域内の施設のチェックインや商品・サービスの購入等をキャッシュレス化できれば、来訪者の利便性を高めつつ、補促性の高いビッグデータ分析が可能になると考えられます。

加えて、大阪府・市、横浜市では、交通マネジメントのスマート化等、周辺エリアも含めたスマートシティ化にも言及がみられます。IRでは、年間数千万人の来訪が見込まれ、交通渋滞等も懸念されます。IR区域内だけでなく周辺エリアとの一体的なスマートシティ化により、解決することが期待されます。

企業がこれらの施策に参画するには、各自治体のIR事業者公募の提案締切までに、応募グループと連携協議して提案に参加することが想定されます。また、IR事業者選定後も、各自治体とIR事業者がIR区域整備計画を策定する段階やIR区域認定後に、IR周辺地域のスマートシティ化に参画する可能性もあります。

Ⅲ 真のスマートシティへの布石としてのIR

上記とは別の観点からも、スマートシティとIRの長期的な相乗効果が期待されます。

<表2>は、IR誘致による経済波及効果・自治体収入の試算結果を示しています。「自治体収入」欄では、IR開業後に、誘致自治体に発生する毎年の収入金額を試算しています。新たにもたらされる収入としては、①カジノ事業粗収益の15%に相当する認定都道府県等納付金(<表2>では「納付金収入」)と、②日本人等がカジノ入場時に支払う1人当たり6,000円の入場料の半額である「認定都道府県等入場料納入金」(<表2>では「入場料収入」)の二種があり、合計して毎年数百億円単位の収入が見込まれています。また、IRが誘致されることによる地方税収入増加も期待されます。

大都市圏で特に大規模なIR事業が見込まれている大阪府・市および横浜市では、納付金収入、入場料収入、地方税収入を合わせて、毎年800億円を超える収入が見込まれています。一時的なものではなく、長期にわたり毎年発生する多額の収入は、その活用次第で誘致自治体の財政問題や都市経営戦略を大きく転換させる基盤となるはずです。

IRの制度上、納付金収入は、比較的幅広い使途に活用可能です(他方、入場料収入は、主にカジノ施設の有害影響排除施策等に支出されるべきと規定されています)。納付金収入をどのような施策に支出するかは、今後、各誘致自治体が検討し、IR区域整備計画に記載することとなります。すなわち、22年4月28日の申請期限までの期間に検討していくこととなります。

その中で、真のスマートシティの実現に向けた将来投資について検討することは非常に有意義であると考えます。<図1>は、スマートシティの構造イメージについて整理したものですが、スマートシティ化というと、「4 アプリケーションおよびサービス」のレベルで、「MaaSを実現したい」、「観光施策にビッグデータを活用できるようにしたい」等のように表現されることが多いと思います。しかし、「4」の階層を実現するためには、「1 インフラ」、「2 センサー」、「3 サービス提供プラットフォーム」の構築が何らかの形で必要となります。「1」から「3」の階層をしっかりと構築できれば、「4」の階層にはさまざまなアプリケーション・サービスが実現可能となります。逆に、「4」の階層で特定のアプリケーション・サービスを実現するために、「1」から「3」を狭く構築して汎はん用よう性が低くなると、投資対効果が悪くなってしまうかもしれません。実際には、「4」の階層の実現のために、多額の投資が必要となる「1」「2」を整備することは困難が多いと思われますが、IRを誘致した自治体は、納付金収入等の活用を検討することが可能です。

IR誘致の長期的メリットとして、IRの納付金収入等を戦略的に活用することにより、都市システムの体質改善を図り、サステナブルで国際競争力を持った都市、すなわちスマートシティを実現することで、誘致自治体住民に還元されていく、というストーリーは、追求する価値があると考えます。

Ⅳ おわりに

各自治体において、スマートシティとIRは長期的に相乗効果を発揮できる施策であり、両者を関連付けて検討していく戦略が望ましいと考えます。各自治体のIR実施方針では、再生可能エネルギーやデータ利活用等のテックドリブンの施策が多いですが、ゆくゆくは、地域住民、来訪者等のスマートシティ利用者の目線からも検討が進み、実装の具体的な姿が整理されていくべきでしょう。実際には、21~22年は、IR事業者選定・IR区域認定が慌ただしく進むこととなり、掘り下げた検討は難しいかもしれません。まずはIR区域整備計画にスマートシティ化施策をビルトインしておき、その上で、IR区域および周辺の開発の進展や最新技術動向を踏まえながら、将来のIRの納付金収入等を活用したスマートシティ化の在り方について検討を深めていくことが合理的かつ建設的であると考えます。IRの誘致自治体が都市経営戦略を強化していき、全庁的取り組みを通じて世界的なスマートシティとなることが期待されます。

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※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。