EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本有限責任監査法人 IFRSデスク 公認会計士 岩﨑尚徳
当法人入所後、主として化学品等の製造業、プラントエンジニアリング業、小売業、商社などの会計監査および内部統制監査に携わる。2020年よりIFRSデスクに所属し、IFRS導入支援業務、研修業務、執筆活動などに従事している。
国際会計基準審議会(以下、IASB)は2021年2月、「会計方針の開示(IAS第1号及びIFRS実務記述書第2号の改訂)」及び「会計上の見積りの定義(IAS第8号の改訂)」を公表しました。これらは小規模な改訂であり、内容は主に以下となります。
本稿では、これらの改訂の背景、内容等について解説します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りします。
IASBは、財務報告におけるコミュニケーションを向上させるため、「財務報告におけるコミュニケーションの改善」を近年のアジェンダの中心テーマに位置付けています。開示イニシアティブは「財務報告におけるコミュニケーションの改善」の一つとして、IFRS財務諸表における開示の有用性の改善を目的としています。IAS第1号及びIFRS実務記述書第2号の改訂は開示イニシアティブの一環です。
IFRSでは「重要な(significant)」という用語は定義されていないため、IASBは会計方針の情報の開示との関連では、当該用語を「重要性のある(material)」という用語に置き換えることにしました。「重要性のある(material)」は、IFRSで定義されており(IAS第1号第7項)、IASBによれば、財務諸表の利用者に幅広く理解されています。改訂後のIAS第1号第117項は「企業は重要性のある会計方針に関する情報を開示しなければならない。会計方針に関する情報は、企業の財務諸表に含まれている他の情報と合わせて考えた場合に、一般目的財務諸表の主要な利用者が当該財務諸表に基づいて行う意思決定に影響を与えると合理的に想定される場合には、重要性がある。」と規定されました。改訂後のIAS第1号には企業が会計方針に関する情報を重要性のあるものと考える可能性が高い状況の例示(IAS第1号第117B項)、例えば、特定の会計方針が重要性のある取引その他の事象又は状況に関連し、かつ、企業が投資不動産を公正価値ではなく取得原価で測定するオプションを選択した場合のように、IFRS基準で許容されるオプションから企業が会計方針を選択した場合(IAS第1号第117B項(b))などが追加されました。
企業がIFRS基準の規定を自社の状況にどのように適用したかにフォーカスした会計方針に関する情報は、標準化された会計方針に関する情報やIFRS基準の要求事項を書き写し又は要約しただけの会計方針に関する情報よりも、財務諸表の利用者に有用な企業固有の会計方針に関する情報を提供します(IAS第1号第117C項)。つまり標準化された会計方針に関する情報は、企業固有の会計方針に関する情報よりも利用者にとって有用性は低いと考えられます。ただし一定の状況では、標準化された会計方針に関する情報は、利用者が財務諸表におけるその他の重要性のある情報を理解するために必要な場合があることにIASBは同意しています。そうした状況では、標準化された会計方針に関する情報は重要性のあるものとなり、開示されるべきとなります(IAS第1号第BC76R項)。
IAS第1号の改訂を支援するためのIFRS実務記述書第2号の改訂は、重要性の概念を会計方針の開示に適用する方法についてのガイダンスを提供しており、また、IFRS基準の規定を要約した又は繰り返しただけの一般化又は標準化された会計方針に関する情報が、重要性のある会計方針の情報と考えられる状況の設例を定めています。
標準化された会計方針に関する情報、又はIFRS基準の規定を要約した又は繰り返しただけの会計方針に関する情報が重要性のある情報に該当するかどうか、そして該当しない場合には、財務諸表の有用性を高めるために当該情報を会計方針に関する情報から削除すべきかどうかを、企業は慎重に検討する必要があります。
2023年1月1日以降に開始する事業年度から適用が求められます。早期適用も認められます。
現行のIAS第8号「会計方針、会計上の見積りの変更及び誤謬」は、「会計上の見積り」の定義自体は示していませんが、「会計方針」については定義を示しています。さらに、「会計上の見積りの変更」の「概念」についても定義しています。「会計方針の定義」と「会計上の見積りの定義」が重なり合うことで、両者を区別することが困難となり、実務上、ある変更が「会計方針の変更」なのか「会計上の見積りの変更」なのか、その判断にばらつきが生じていました。
遡及適用される「会計方針の変更」と将来に向かって適用される「会計上の見積りの変更」の区別は重要であることから、IASBは、会計上の見積りを「測定上の不確実性にさらされる財務諸表上の金額」と新たに定義したうえで、「会計上の見積り」と「会計方針」の関係を明らかにすることで、両者の区別を明確化しました。
【IAS第8号の改訂のポイント】
① 会計上の見積りは「測定上の不確実性にさらされる財務諸表上の金額」と新たに定義され、会計方針との関係が明確化
② 会計上の見積りの変更とはどのようなものか、会計方針の変更及び誤謬の訂正とどのように異なるのかが明確化
「測定上の不確実性にさらされる財務諸表上の金額」と新たに定義された「会計上の見積り」と「会計方針」との関連性については、IAS第8号第32項が「会計方針は、財務諸表上の項目を、測定上の不確実性が伴う方法により測定することを求める場合がある。すなわち、会計方針は、直接観察できないため、代わりに見積りによらなければならない金額の測定を要求することがある。そのような場合、企業は、会計方針に設定した目的を達成するために会計上の見積りを算定しなければならない。」と改訂されることで明確化されました。また、会計上の見積りは通常、最新の入手可能な信頼のおける情報に基づく判断や仮定を使用することになります。
さらに、改訂後のIAS第8号では、企業が測定技法(見積技法と評価技法を含む)とインプットを用いて会計上の見積りをどのように算定するのかを説明しています。
「会計方針の変更」と「会計上の見積りの変更」は区別が困難な場合があり、追加的なガイダンスを提供するために、改訂後のIAS第8号は、「インプットの変更」又は「測定技法(見積技法と評価技法を含む)の変更」による会計上の見積りへの影響は、それらが過年度の誤謬の訂正から生じたものではない場合には「会計上の見積りの変更」に該当することを明確化しました。
また、IASBは、「会計上の見積りの変更」の従前の定義が、「新しい情報又は新しい状況の変化から生じるもの」に特定されていたことを指摘しており、したがって、そうした変更は「誤謬の訂正」にはなりません。IASBは、定義の当該要素は有用であるため保持しました。つまり、適用される基準が、同様に認められる二つの測定技法間での変更を許容している場合で当該変更が「新しい情報又は新しい状況の変化から生じるもの」と判断される場合は「会計上の見積りの変更」に該当するため「誤謬の訂正」にはなりません。
改訂後のIAS第8号は、利害関係者が「会計上の見積り」の新たな定義をどのように適用すべきかを理解するのに役立つ二つの設例(設例4及び設例5)を追加しており、測定技法の変更については設例4(投資不動産の公正価値)、インプットの変更については設例5(現金決済型の株式に基づく報酬についての負債)で説明されています。
2023年1月1日以降に開始する事業年度から適用が求められ、当該事業年度の開始以降に生じる会計方針の変更及び会計上の見積りの変更に適用されます。早期適用も認められます。
IAS第1号の改訂は、企業による会計方針の開示に影響を及ぼす可能性があります。会計方針が重要性のあるものであるか否かを決定するには判断を必要としますので、企業は会計方針に関する情報の開示を再検討して、改訂後の基準との整合性を確保することが推奨されます。
また、IAS第8号の改訂は、企業の財務諸表に重要性のある影響を及ぼすとは想定されませんが、企業がある変更を会計上の見積りの変更、会計方針の変更、又は誤謬の訂正として会計処理すべきかどうかを判断する際に、有用なガイダンスになると思われます。