34 分 2022年7月19日

サステナブルファイナンスで実体経済の脱炭素化に貢献するには

執筆者
Gill Lofts

EY Global Financial Services Sustainable Finance Leader, EY Financial Services Wealth & Asset Management Leader, Ernst & Young LLP United Kingdom

UK Wealth & Asset Management Leader and Global Financial Services Sustainable Finance Leader. Passionate about creating a legacy in the Financial Services industry and proud mother of two daughters.

Tom Groom

EY Global Client Service Partner

Corporate finance professional. Enjoys running. Father of three wonderful children.

EY Japanの窓口

EY Japan 金融サービス 財務会計アドバイザリーサービス(FAAS)副リーダー EY Asia-Pacific 金融サービス 気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS)リーダー 兼 サステナブルファイナンスリーダー

サステナビリティおよび金融サービスの専門性を活用し、クライアントの長期的な成長をサポート。

34 分 2022年7月19日

サステナブルな未来への移行に資金を供給する場合、金融機関は投融資する事業に関する知識を深める必要があります。

要点
  • 銀行、資産運用会社、保険会社は自らのネットゼロ目標を掲げてきた。目標を達成するためには、移行への意欲的な道筋を策定する組織に投融資する必要がある。
  • サブセクターの移行の道筋に関する知識を深めることで、具体的な気候変動対策への取り組みを奨励するような投融資の仕組みを構築できるようになる。
  • トランジションファイナンスを行う事業者としての地位を確立するためには、サブセクターの道筋の分析に長けた人材の育成に投資をする必要があるだろう。

COP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)は、金融が気候変動対策の最前線に立つことになった瞬間として記憶されることでしょう。石炭の「段階的削減」から米中間の協力強化まで、さまざまな政治的サプライズに注目が集まったかもしれません。しかし、ビジネス界で話題となったのは金融です。

今世紀半ばまでのネットゼロの達成という目標に向け、グローバルな金融サービス業界は非常に重要な役割を担っています。移行するために2050年までに必要となる投資額は、エネルギーセクターだけで年間3兆5,000億米ドル(PDF)から5兆8,000億米ドルに達すると推計されています。COP26では、マーク・カーニー前イングランド銀行総裁が、450の主要な銀行、資産運用会社、機関投資家(450社が抱える金融資産の総額は130兆米ドル)がネットゼロのためのグラスゴー金融連合(GFANZ)に参加し、融資ポートフォリオや投資ポートフォリオをパリ協定が定める目標に沿ったものにすべく取り組むと発表しました。

ネットゼロへの移行には、再生可能エネルギーや電気自動車など「グリーンな」資産と事業への投資や引受を実施する以上の対応が必要であることは金融機関も認識しています。経済全体でネットゼロを達成するためには、二酸化炭素排出量が多い炭素集約型の資産と企業に投融資をし、グリーンへの移行を後押しする必要があるでしょう。多くの場合、移行のために業務運営の抜本的な変革が必要ですが、資金がなければ変革を行うことができないからです。クライアントと投資先が移⾏を進める際に⾮常に重要な役割を果たすのは、保険会社、銀行、投資家などの金融機関です。変⾰のための資⾦を調達できるよう、またクライアントと投資先の意欲を⾼めるサポートを行います。

今年に入り公表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第6次評価報告書が極めて明確に指し示しているように、気候変動による最悪の影響を軽減するためには、すぐに手を打つ必要があります。この評価報告書は、気温上昇を1.5℃未満に抑える必要性を改めて指摘するとともに、国際エネルギー機関(International Energy Agency、以下IEA)によると、各国が公表したすべての目標が達成されたとしても今世紀末までの平均気温の上昇幅が2.1℃になると警鐘を鳴らしています。2.1℃では、パリ協定の控え目な目標にも届きません。しかも、IEAの予測は楽観的です。10月に公開された国連の最新の排出ギャップ(Emissions Gap)報告書によると、各国政府が公表した気候変動対策の約束と計画では現在のところ、気温の上昇幅が2.7℃に達することになります。

グラスゴーで発表された各国の新たな目標が達成された場合であっても、世界の気温の上昇をせいぜい1.8℃に抑えることしかできないでしょう。一方、この目標を分析したIEAが強調しているように、目標達成に取り組むことが気温上昇を抑える上で鍵となりますが、これは決して容易なことではありません。マクロレベルで考えると、国内で取り組みを進める場合、開示要件と透明化要件の強化、目標と移行計画に対する監視の厳格化、サステナビリティ報告のフレームワークの統一を図らなければならないでしょう。

リスクとリターン

海面上昇、生物多様性の喪失、干ばつ、山火事、洪水、人命の犠牲など深刻な気候変動リスクはそれ自体が、移行に取り組まざるを得ない理由となります。気候変動対策に取り組むことは、人類と地球の利益のための活動にほかなりません。その一方で金融機関では、社会に対する義務と同様に、最終的には金銭的リターンが重視されます。金銭的リターンに悪影響を及ぼしかねない予測可能なリスクを把握して株主を守る受託者責任を負っているのです。Swiss Re社が実施した調査の結果によると、気候変動対策に取り組まなければ、こうしたリスクは著しく上昇し、世界の年間経済生産高が今世紀半ばまでに23兆米ドル減少する恐れがあります。EY Oceania Partner for Climate Change and Sustainability ServicesのEmma Herdが説明するように、「(金融サービスの)基本的な義務は、市場情報に対応し、リスクを管理して経済的なトレンドに対処することであり、気候変動とサステナビリティは今世紀最大の経済的なトレンドです」

一方、ネットゼロへの移行は金融機関にとってリスク軽減策となるだけでなく、大きなチャンスももたらすはずです。米国のジョン・ケリー気候問題担当大統領特使も、エネルギー転換を「世界的な最重要課題であると同時に、非常に大きなビジネスチャンス」としています。しかも、低炭素社会への移行は経済成長を促す一助となる見通しです。IEAと国際通貨基金の共同分析の結果から、クリーンエネルギーへの転換に対する投資により、世界のGDP成長率が推計で年間0.4%押し上げられることが分かりました。ネットゼロに向けた道筋を進めた場合、世界のGDPは2030年までに、その他のモデルに比べて4%高くなると思われます。

早くから移行に取り組む金融機関は、こうした世界的な経済的機会をいち早く生かし、さらなる高収益を実現する未来への道を切り開くことができるでしょう。ただし、移行がもたらすチャンスをしっかりとつかみ取るためには、投資、融資、引受プロセスの最初から最後までの各段階における一連の実務的な対策に着目する必要があるとEYでは考えています。それにより、セクターおよびサブセクターレベルの移行計画をより的確に評価できるはずです。

上海の曲がりくねった高架道路と多車線高速道路
(Chapter breaker)
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第1章

アプローチ

ネットゼロ目標に向けて進む上で金融機関に求められるのは、サブセクターの移行への取り組みに関する知識の深化です。

各セクターの移行の詳細な道筋については、信頼性が高く、実現可能でスムーズなネットゼロへの移行を経済の各領域に促すものにする必要があるというのが、学界、業界団体、政府の諮問委員会、気候変動ファイナンス関連のイニシアチブの間の共通認識です。

  • セクター別脱炭素化アプローチ(Sectoral Decarbonization Approach、SDA)

    Science Based Targets Initiative(SBTi、科学に基づく目標設定イニシアチブ)は、Carbon Disclosure Project(CDP)、世界自然保護基金(WWF)、世界資源研究所(WRI)と2015年にSDA(PDF)を開発しました。SBTiでは、このアプローチについて、気温の上昇を2℃未満に抑えることを目的とした「企業がGHG排出量削減目標を設定するための、科学的知見に裏付けられた手法」と説明しています。SDAの導入により、セクター別の温室効果ガス排出量の予算や削減の道筋の策定が促されました。

  • EUタクソノミー

    持続可能な経済活動を対象とした欧州委員会のタクソノミーは、持続可能と分類される経済セクターと経済活動の概要を示すとともに、温室効果ガス排出量の大部分の発生源であるセクターの脱炭素化を優先させる仕組みです。EUタクソノミーでは、排出量削減への「実質的な貢献(substantial contribution)」と認められる活動の定義も試みています。EUのPlatform for Sustainable Financeは2021年の報告書(PDF)の中で、的を絞って経済活動を評価することを提案しました。この報告書では、こうした移行を後押しするトランジションファイナンスでは、タクソノミー評価基準を用いて移行の道筋を確立し、また「特定の経済活動」の環境パフォーマンスを評価することを検討するよう提言しています。他にも、「自社の移行がセクターレベルで求められる移行に沿ったものであることを明確化し、移行が確実に行われることを示すため」にセクターの脱炭素化の道筋を企業がどのように利用できるかについての考察を行っています。

  • 低炭素経済推進イニシアチブ(Transition Pathway Initiative、TPI)

    TPIのベンチマーキングツールは、全世界での温室効果ガスの排出量が最も多いセクターに着目し、16セクターのカーボンパフォーマンス指標を示すものです。移行状況に関する最新の報告書(PDF)の中で、TPIは「排出がバリューチェーンに集中しているセクターや、排出量の削減に多大な費用がかかるセクターなど、低炭素社会への移行に伴い直面する課題がセクターにより異なることを認識し、セクター別のアプローチをとっている」と述べています。

  • 気候債券イニシアチブ(Climate Bonds Initiative)

    先ごろTPIが発表した白書 Financing Credible Transitionsには、企業レベル(その企業全体としての信頼性の高い移行計画があるか)と活動レベル(その企業のある特定の活動は、ネットゼロへの移行に対応しているか。現時点で、その活動の排出量を削減するための、信頼性の高い道筋はつけられているか。例えば新たなテクノロジーへの投資など、今後排出量を削減するための道筋をつけることはできるか)で移行の道筋を分類する枠組みが示されています。

  • 英国気候変動委員会(UK Climate Change Committee、UKCCC)

    UKCCCのAdvisory Group on Financeは次のように助言(PDF)しています。「経済の各セクターの道筋を明確に示し、政策、規制、資金調達についての見通しを明らかにし、企業と投資家に対して投資の明確化を図る必要がある。セクターごとに異なるアプローチをとることで、資金の動員を阻むセクター特有の障壁を把握することもでき、そうした障壁は金融イノベーションと金融政策によって克服することが可能である」

金融機関が資金動員の道筋をセクター別に分析する必要があることは広く認識されていますが、企業レベルまたは活動レベルでより細かく的を絞り、分析を深化させることを金融機関に推奨している主要な業界団体もあります。

EYでも、企業とプロジェクトに対するトランジションファイナンスを金融機関が確信を持って実施し、成功させるためには、さらに詳細な分析が必要になると考えています。サブセクターレベルで、場合によっては個々に応じてあるいはプロジェクトベースで移行がどのように実施されるかを把握することにより、クライアントと投資先の排出量削減にかかるパフォーマンス状況をより正確に標準化できるはずです。このような詳細な知見が、チャンスを見極め、リスクを軽減する上で役立つでしょう。

そのためには、クライアントと投資先の業務やサプライチェーンについての理解と、両者がどのように移行に取り組むのかについての知識を深める必要があります。EY ASEAN Financial Service PartnerのWolfram Hedrichが説明するように、「これを成功させ、金融サービスにとっての真のチャンスに変え、また競争上の強みにするためには、非常に細かいセクターレベルで移行の専門家になる必要があります」

移行の各道筋を理解するために不可欠な情報の例:

  • 移行スケジュール
  • 各道筋の主な排出量削減目標
  • 排出量削減目標の達成に必要な事業戦略とそれに合わせて業務をどのように変革していくか
  • 移行を可能にするためにはどこに資金が必要となるか(例:プロジェクトファイナンス、機械類と装置の改修、建物と資産の改修、研究開発費、技術開発など)

こうした企業とその活動の詳細な評価は、移行の道筋をつけるに当たってより多くの支援を必要としているのはどのセクターや企業なのか、段階的に止める必要があるのはどの活動か、移行を可能にするプロジェクトやテクノロジーのうち、投資機会があるとしたらどれかを把握する上で役立つはずです。

セクター別の詳細な知識を深めるべく、スピード感を持って取り組む銀行、保険会社、資産運用会社などの金融機関は、いち早くチャンスを生かし、成長分野を見極めることができるでしょう。

当然のことながらさまざまな国が独自の移行スケジュールを設定しているため、セクターと企業によっても、また国や地域によっても、それぞれ大きな違いがあるはずです。現在までのところ移行の推進に当たり、必要な資金が不足している新興国が多いことなどから、移行に向けた企業の準備状況は、新興国と先進国でも差が生じるでしょう。各セクターの懸念事項に加え、このような違いも、金融機関がトランジションファイナンスの機会を分析するにあたり影響してくるでしょう。

同様に、地産地消運動や輸送手段の共有化から、配送利用を減らすことや在宅ワークまで、社会行動の新たな変化も、さまざまなセクターや企業の移行スケジュールに大きな影響を与えるでしょう。このような社会規範の変化は、循環型経済の進展や従来型サプライチェーンの崩壊をもたらす可能性があり、すべての国・地域およびセクターのシナリオ分析においてそれらを加味する必要があります。

一部の新興国は砂漠化や異常気象など気候関連リスクにさらされやすく、その多くがすでにそうした現象に見舞われています。ネットゼロへの移行をさらに進め、このようなリスクを軽減することが急務です。その一方で、この移行をチャンスとして捉える必要もあります。再生可能エネルギーの供給の増加により、新興国は信頼性が高く、安価な電力供給を受けることができるようになります。その上、再生可能エネルギー向けの新たなテクノロジーや部品の製造に必要な原材料(リチウム、ニッケル、コバルトなど)の需要が高まり、その大きな恩恵を受ける国もあります。

セクターや国・地域によって移行のペースは異なるでしょう。変化をうまく乗り切るには、このような力学について理解を深める必要があります。

確信が持て、成功が見込めるトランジションファイナンス計画の実行に着手するために必要となるのは、サブセクターの移行の道筋に関する知識を深めることです。そのために検討する必要がある実践的なポイントは数多くあります。

大手金融機関が重視すべき分野は大きく4つあります。それぞれ、以下の章で取り上げていきます。

山々の間を流れる川
(Chapter breaker)
2

第2章

個々の道筋に合わせたファイナンスの構築

自社に合ったファイナンスソリューションを活用することで、さまざまなセクターが移行目標を達成できます。

移行を進めるサブセクター、企業、プロジェクトへの資金の流れを増やすためには、金融機関がイノベーションを起こし、個々に合わせた商品とサービスを設計し、そのファイナンスを個々に応じて促進していく必要があります。各セクターにはそれぞれ独自の移行の道筋があるはずです。そのため、トランジションファイナンスの手段は、ファイナンスを必要としている各サブセクター、あるいは実際には各企業や各プロジェクトに合わせて変える必要も出てくるでしょう。

移行を進めるプロジェクトと企業への投融資については、銀行、保険会社、資産運用会社を含め、金融サービスを取り巻くさまざまな関係者が直面する懸念事項と実務上の課題はそれぞれ異なるはずです。しかし、すべての関係者に共通するテーマもいくつかあります。移行への意欲を高め、移行を促すことができる最適な仕組みを持つ商品やサービスを設計することも必要です。そのためには投資や融資、あるいは引受プロセスの各段階を頭に描き、移行の意欲を高めるドライバーをどこに入れるべきかを見極めなければなりません。

EYでは、金融機関の意思決定において移行の意欲を高めることが可能な、投資や融資の各段階を明確に把握するフレームワークを構築しました。

以下に示す3つの業界を例に挙げ、主な移行の道筋を示します。

  1. 海運
  2. 再生可能エネルギー
  3. 電気自動車

各事例では、移行における各道筋に3つの業界それぞれが対応方法を検討する際に、金融機関が直面する独自の課題と、それを克服するために活用している革新的なソリューションについて考察します。

海運

  • 道筋

    海運業界では国際海事機関(International Maritime Organization、以下IMO)がセクターレベルで移行の道筋を立てています。IMOは、海運の安全と保安の確保、船舶による海洋汚染と大気汚染の防止を担う国連の機関です。

    IMOはまず2011年に、船舶による汚染の防止のための国際条約の一環として、船舶のエネルギーの効率化を図り、温室効果ガス排出量を削減する対策を導入しました。それ以来、海運業界の移行の道筋は範囲が拡大され、また目標も引き上げられてきました。新造船と既存船の炭素集約度を低減させる取り組みも進められています。

    移行の道筋の重要な要素は以下の通りです。

    • 造船
      2011年にエネルギー効率設計指標(Energy Efficiency Design Index、以下EEDI)の導入が採択されました。これは新造船に適用される規制であり、2015年から10%、2020年から20%、2025年から30%の効率化を図る必要があります。導入後にEEDIの充実が図られ、特定の種類の船舶を対象とした要件が強化されたほか、船舶の大きさがそれまで以上に加味されるようになりました。
    • 改善と改造
      IMOの船舶エネルギー効率管理計画書(SEEMP)は、船舶やフリートの運航パフォーマンスと技術的パフォーマンスを最適化し、新造船と既存船のエネルギーを最大限節約することを目的としたエネルギー管理計画書です。燃費の良い船舶運航のベストプラクティスや、燃料効率を向上させる改善や改造(例えば、新たなスクリュー、新たなテクノロジーの取り込み、既存船へのハイブリッド燃料アプローチの導入)などが盛り込まれています。
    • 使用
      IMOは2018年に、温室効果ガス削減戦略を定め、2030年までに海運の炭素集約度を2008年比で40%低減させる目標を掲げました。また、2019年の基準線に照らして船舶を格付ける炭素集約度指数(Carbon Intensity Indicator、以下CII)も導入しています。これは、貨物や乗客をいかに効率的に輸送したかと、海里当たりの排出量から船舶をAからEまでの5段階で格付けする仕組みです。2021年に制定されたIMO条約では、Dの評価を3年連続で受けた船舶、あるいはEの評価を受けた船舶に対し、燃費実績の改善策を講じることを義務付けています。
      短中期的に見ると、海運セクターの移行戦略により、上記の対策(構造の改良、新造船の改良と既存船の改造、炭素集約度の低減)を打つことで排出量を削減できるはずです。新造船では代替燃料を使用するようになってきました。とはいえ、この動きはまだ初期段階にあります。2021年5月時点で、ディーゼル以外の燃料に対応した新造船(受注船)は全体の12%にすぎません。しかもそのうちの84%が依然として液化天然ガス(LNG)か液化石油ガス(LPG)、このいずれかの化石燃料を使用しています。これらの燃料は移行に向けた改善策とみなされており、それ以外の燃料にやがて取って代わられることになるでしょう。
      長期的に見ると、海運業界のネットゼロ戦略は、水素、バイオディーゼル、バイオガスのほか、メタノールとアンモニアを中心とする代替燃料の使用に依存しています。短距離をはじめとして、電池技術もその全体像の一部を担っています。とはいえ、電池が外洋航路に適したものになるとはまず考えられません。
  • 投融資面の課題

    海運セクターにおける移行の道筋が金融機関に突き付ける課題は主に2つあります。

    • 残存価額
      船舶の価格は、プライシングの観点から見ると、最も活況を呈している時期であっても比較的大きく変動します。プライス、特に残存価額を考えると、移行コストが生じることで変動要因がさらに増えることになるでしょう。船舶の燃費改善策に対応する必要があるため、今後はこれが残存価額に影響を及ぼすようになり、また次世代の船舶の出現に伴ってさらなる変化が起きるはずです。中古で販売される船舶の姿も次第に変わっていくでしょう(短期的には、改造によって燃費が向上した船舶が中古販売に出され、今後5~10年間はEEDIで定められた船舶がこれに取って代わり、さらに、10~20年後にはLNG船やLPG船がこれに取って代わり、その後は代替燃料船がこれに取って代わることになるはずです)。
      問題点
      海運業界では、移行期間中の比較的短期間に、船舶の種類に数多くの変更を加えることが計画されています。このような変更により、融資の担保の関係でどの程度の残存価額とみなすかを金融機関が評価することが難しくなります。こうした不確実性は、リスク選好という課題も金融機関にもたらしています。かねて中古で購入された船舶への投融資を選好してきた金融機関(新造船に投融資する融資者よりも層が厚い)はこれまで以上に新造船への投融資から距離を置くようになってきました。
    • 罰則とインセンティブの仕組みづくり
      IMOの(船舶運航による二酸化炭素排出量の実績を反映した)CIIは、便利な指標になる可能性があります。これに照らして、(CIIの基準に合わせて改良を施し運航している場合には評価を上げてプライシングで優遇する一方、CIIに従い改良を施さなかった場合には罰則を科すという)コベナンツ条項やラチェット条項の仕組みづくりができるかもしれません。
      問題点
      金融機関と海運業界の取引先は現在までのところ、このようなイノベーションに後ろ向きであるように見受けられます。投融資のあらゆる新たな動きと同様、資金提供者にリスクはつきものです。業界関係者は、CIIに基づき実際に罰則を科したりインセンティブを付与したりする前に、カーボンプライシングに関するデータ(CIIによるさまざまなアウトカムを相殺する価格など)を集めたいと考えているようです。
  • 金融機関がこうした課題を克服するには

    • 連携
      保険会社と銀行:資金提供者は、CIIの評価がそれぞれ異なる運航船舶のプライシングが及ぼす影響への対処を余儀なくされています。しかし、保険会社と連携することで、CIIに準拠した運航を引受と融資の前提条件にすることができるかもしれません。それにより、CIIの基準に合わせた迅速な改良が促されるはずです。
    • プライマリーファイナンス事業者とセカンダリーファイナンス事業者
      引受の当初の過程では、プライマリーファイナンス事業者とセカンダリーファイナンス事業者が連携することにより、適切な「オフテイク」(非公式に示される条件に定める、セカンダリーファイナンス事業者からの数年間の借り換えオプション)をプライマリーファイナンス事業者に付与することができるようになると思われます。これが借り換えを可能にする一助となり、それに伴いセカンダリーファイナンスの「下限価格」が設定されることで資産の残存価額に対する信頼感を醸成できるはずです。
    • 実験的な試み
      排出量関連のKPIの達成状況やCIIの基準を厳格に順守しているかに応じて、(ベーシスポイントがさほど高くなくても)数回の引き下げを行うようにマージンラチェットの設定を始めましょう。そしてKPIを達成していない場合はマージンラチェットを引き上げます。CIIを基準とした新たなラチェットを導入することにより、積極的な取り組みに対する借り手の意欲が高まるはずです。一方、貸し手は、借り手の移行の道筋に関する知識と、借り手の実績をモニタリングし、KPIに照らして評価する自らのスキルを高める必要があるでしょう。今、革新的な金融商品で実験的な試みに挑戦することで、このような仕組みが市場の標準とみなされるようになるはずです。

再生可能エネルギー

  • 道筋

    クリーンエネルギーへの移行に対する投資意欲は非常に旺盛です。IEAの推計によると、2021年にはクリーンエネルギーへの投資額が7,500億米ドルに達しました。今後も、再生可能エネルギーへの投資を大幅に増やしていく必要があります。2025年までのネットゼロの達成に向けた2021年のグローバルロードマップにおいて、IEAはネットゼロ目標を達成するためには、発電とエネルギーインフラへの投資額を2030年までに2兆5,000億米ドルに到達させる必要があるとの予想を示しています。

    投融資を現在必要としている再生可能エネルギープロジェクトは、大きく3つのカテゴリーに分けることができます。

    1. 開発 — プロジェクト立ち上げの初期段階
    2. 従来型の建設 — 一般的なリスク要因は、プロジェクトリスク、カントリーリスクに加え、気象関連リスク(風力発電プロジェクトでは風速、太陽光発電プロジェクトでは日照量の評価が必要であるため)など
    3. 新しく革新的な建設 — 例えば、クリーンエネルギー製造とエネルギー貯蔵能力(つまり、蓄電池貯蔵)のコロケーションにより、生産量の変動が大きくなっても、より安定したエネルギー販売を可能にするなど
  • 投融資面の課題

    • 電力価格
      ファイナンスは通常、プロジェクトに係るキャッシュフローを中心に構成されます(例えば、業務委託契約、メンテナンス委託契約、電力売買契約、公開市場での電力価格など)。多大なコストがかかることが予想される一方、電力価格の変動が激しいことを考えると、収入が不安定になる恐れがあり、カントリーリスク以外では、これが投融資面の主な課題です。
      電力市場の自由化に伴うこうした電力価格の変動により、1)電力価格の長期予測の必要性、2)新規建設(供給の増加)が電力価格に与える影響(既存のプライシングの「カニバリゼージョン」)という課題が出てきました。
      そのため、融資元の銀行は、プライシングの不確実性(マーチャントリスク)を織り込んでいます。再生可能エネルギー分野のプロジェクトと企業を評価する金融機関は一般的に、「基準」の電力価格予測から、低い電力価格のシナリオに基づき投融資と引受の仕組みを決めることになるでしょう。より楽観的な電力価格のシナリオを参考に検討/引受をすることに金融機関はほとんど意欲を示していません。
    • レジリエンス
      プロジェクトが中断されれば明らかに供給は抑えられ、収益も途絶えます。プロジェクト中断の可能性が生じると、キャッシュフローはさらに安定しなくなります。気候変動によって、異常気象事象が起きる確率と頻度が上昇しており、その結果中断の可能性が高まっています(例えば、厳寒による風力タービンの凍結、雹による太陽光パネルの破損など)。数多くのプロジェクトがレジリエンス(資産保護の強化)への投資を検討しています。しかし現在のところ、こうした投資はコストプロファイルを増加させる一方、融資元の組織には、この投資を価値あるものにするだけのキャッシュフロー面のメリットが必ずしもありません。
    • コロケーション
      エネルギー貯蔵のコロケーションプロジェクトへの投資が、クリーンエネルギーの供給を調節するのに役立つかもしれません。気象条件が良好なときに再生可能発電設備でエネルギーを製造して貯蔵しておき、気象条件は良くないものの電力需要があるときに、貯蔵しておいたエネルギーを利用できます。事業者は、安定したプライシングを行い、貯蔵していたエネルギーを最適なタイミングで市場に売りに出すことも可能です。こうした技術を備えることで、再生可能エネルギープロジェクトのキャッシュフローは格段に安定するでしょう。その一方で、コロケーションプロジェクトはその性格上、いくつかの課題を金融機関に突き付けています。今後は多くの金融機関が、クリーンエネルギー資産と蓄電装置を、リスクを補完し合う1つのプロジェクトではなく、それぞれ独自の不確定要素を持ち、リスクプロファイルが異なる2つのプロジェクトとみなすことになるでしょう。
    • 新たなテクノロジー
      グリーン水素やグリーンアンモニアなどを含め、大きなポテンシャルを秘めたテクノロジーが次々と誕生しています。しかし、テクノロジーリスクと新規プロジェクトにつきものの実績不足により、新興テクノロジーの資金調達の確保が課題となっています。
      リスク(プロジェクトリスク、カントリーリスク、マーチャントリスク、物理的リスク、テクノロジーリスク)が集約された場合、銀行の従来型の融資のプライシングでは、通常は経営者が商業的観点から確保したい水準を超えてしまいます。結果として、現実的なファイナンスの欠如が新規プロジェクトの立ち上げを阻んでいます。
  • 金融機関がこうした課題を克服するには

    電力価格問題に対処するために、すでに数多くの対策がとられてきました。特に多いのは、電力価格の変動に伴うプライシングリスクの一部を取り除くことを目的とした対策です。具体的には、差額決済契約(CfD)制度の利用、企業との長期電力売買契約の締結などがあります。この売買契約の締結により、再生可能エネルギー事業者も、さまざまな企業のRE100の達成と、それに伴うネットゼロ目標やカーボンニュートラル目標の達成に貢献しています。プライシングリスクの軽減は、投融資を可能にする一助となるはずです。

    投融資コストの削減に役立つ可能性のあるイノベーションはほかにもあります。

    • 内部で電力価格を予測可能にする
      電力価格予測の分野は今でもまだ発展の途上にあり、私たちの手元にあるデータも比較的少ない事業者から収集したものです。エビデンスを充実させ、より幅広い視点を取り込むことで、金融機関内部の担当委員会(与信委員会など)は、プロジェクトが出し得る成果をより良く理解し、投融資を推し進めるかどうかをより的確に見極めることができるようになるはずです。
      金融機関は、意思決定の基盤となるものとして、電力の価格予測に影響を与える可能性の高い電力関連の新たな動き(英国のヒンクリーポイントにおける発電の計画対象期間など)を巨視的な視点から捉えることのできる内部体制の確立も目指すようになるようでしょう。
    • サイロを超えて連携する
      コロケーションプロジェクト(上記を参照)については、リスク全体の評価が必要です。チームの枠を超えた連携を促す金融機関は、このようなリスク全体の評価ができるようになり、コロケーションプロジェクトに対する投融資も可能になるはずです。
    • 従業員のスキル
      再生可能エネルギー事業者と取引をする金融機関は、関係管理チームや引受チームの人材と従業員のスキルに投資をし、再生可能エネルギープロジェクトに伴うマーチャントリスク、物理的リスク、テクノロジーリスク(および、おそらくこれまで焦点となってきたプロジェクトリスクとカントリーリスク)の適切な評価に必要なケイパビリティの獲得を徹底させなければなりません。

電気自動車

  • 道筋

    陸上・海上輸送は、世界全体の二酸化炭素排出量のおよそ20%を占めています。世界十数カ国が化石燃料を使う乗用車を段階的に廃止する計画を発表しており、ガソリンおよびディーゼルエンジンを搭載した重量物運搬車(HGV)の新規販売を禁止する計画の国もあります。電気自動車(EV)市場は、こうした移行目標に沿って発展していく必要があります。一方、ICE(内燃エンジン)向け部品の需要減退が見込まれることから、部品メーカーは将来に向けた計画立案の必要に迫られるでしょう。

    電動化の動きには大きく4つの要素があります。

    1. 電池のエコシステム — EV向け電池を製造する拠点が新たな国・地域で開設されるにつれ、電池のサプライチェーンが地域化してきました。EVのギガファクトリーは、電池に必要な材料と鉱物のサプライチェーンの開発という上流開発と、リサイクル/再利用施設の開発という下流開発が必要となります。
    2. 全車両の移行 — 保有するすべての商用車と自家用車を、従来の燃料車からEVに移行させなければなりません。企業が保有する全車両の移行を奨励し、従業員や顧客向けに充電インフラを整備することを目指すEV100などのグローバルな取り組みは、政策に影響を与え、EV需要を高める一助となり、結果的に市場の変革を加速させるでしょう。
    3. インフラの移行 — 全車両をEVに移行させるためには、充電設備のあるインフラを十分な規模で、また適した場所に設置する必要があります。
    4. 移行期間中のサプライヤーのレジリエンス — ICE車からの脱却は、ICEのサプライチェーンのメーカーにリスクをもたらします。こうしたリスクを管理し、メーカーが「崖っぷち」に直面したり、座礁資産化するリスクにさらされたりすることのないようにしなければなりません。EV向け部品の要件が今後も変わらないサプライヤー(シートのメーカーなど)もあります。しかし、ICE車向け部品を現在製造しているサプライヤーは、生産ラインをEVに適した部品を製造するもの(部品の形状/サイズ/目的は異なるものの、材料と工程は同じなど)に変える必要が出てくるでしょう。エンジン部品のメーカー(スパークプラグのメーカーなど)をはじめ、一部サプライヤーは存在意義がまったくなくなることになります。ICE車からEVへの需要の変化により、ICEの従来型のサプライヤーは経済的に立ち行かなくなるはずです。一般的にサプライヤーが損益分岐点に達するためには80%以上の稼働率が必要です。そのため、需要がEVに20~30%移るだけで廃業を余儀なくされるサプライヤーが出てきます。ちなみに、このような需要の移行は2024年までに起きる見通しです。
  • 投融資面の課題

    • 残存価額
      EVとそれに内蔵される電池の中古市場はまだ十分に確立されておらず、資金の担い手が確信を持って判断を行えるまでには至っていません。そのため、銀行は残存価額リスクをとることに完全に消極的です。残存価額のレベルを左右することになるはずの要素はいくつかありますが、これを測定するメカニズムはまだ決定していません。例えば、電池の充電回数をはじめ、その車両がどのように使用されているかは、内蔵電池の寿命に影響を与えるでしょう。また、使用する充電の種類(急速充電かトリクル充電かなど)も電池の寿命、ひいては残存価額に影響を与えるはずです。
    • サプライヤーのレジリエンスという課題に誰が対応するのか
      別の業界でサプライヤーが事業に失敗した場合には、OEMメーカーがそのサプライヤーを救うか資金を出すかもしれません。しかし自動車OEMメーカーは、現在のところ資本的支出をEVへの移行に集中させており、経営破綻しそうなサプライヤーを支援する資金がありません。サプライヤーの支援には政府が関与するかもしれませんが、企業の経営破綻は、単なる「移行に伴うコスト」とみなされてしまう可能性もあります。ただし、移行が完了するまでは、ICEの部品が必要となるはずです。そのため、業界関係者は一部のICEサプライヤーが事業を継続できるようにする必要があります。金融機関は、ICEのサプライヤーを整理統合し、この課題を解決する支援ができるかもしれません。ただし、整理統合の取り組みには、独占禁止法の観点から、慎重なかじ取りが必要となると思われます。ファイナンスのデコミッショニング(停止)は経済的な問題が生じることもあり、金融機関にとって扱いの難しい分野です。その市場の「最後の一社」が事業縮小期間中にプライスの引き上げを要求する可能性がある場合には特にそうです。事業縮小リスクがある場合、金融機関は簡単には魅力的なプライシングができません。
    • 調達とリサイクルでの評判
      電池の製造には鉱物(ニッケル・マンガン・コバルト、リチウムなど)が必要です。これら鉱物の調達は、その製造過程を理解しなければ安全かつ適切に行うことができません。電池の回収リサイクルについても同じことが言えます。電池技術は常に変化しています。資金提供者にとって、このような変化についていくこと、そして、新たな電池技術がリサイクル性に及ぼす影響の分析は難題です。原材料のプライシングの動きを理解することにもファイナンシングチームは頭を悩ませています。
  • 金融機関がこうした課題を克服するには

    • 残存価額の評価に役立つ技術革新
      保険業界では車両の使用状況を把握するため、テレマティクスが広く使われています。テレマティクスとIoT(モノのインターネット)技術を有効活用することで、資金提供者はEVの使用状況と充電状況を常に把握し、その使用状況が電池の健全性に与える影響を把握することができるようになるかもしれません。このようなデータを利用し、コベナンツ条項の仕組みづくりに役立てたり、残存価額に係る保証の裏付けやダイナミックプライシングの根拠にしたりすることができます。
    • 連携
      先に述べたデコミッショニングとサプライヤーのレジリエンスという課題を解決するためには、有力な業界関係者、OEMメーカー、政府、資金提供者の間の協力が必要です。金融機関は業界や政府との関係構築に投資をし、生産的な連携の実現に努めなければなりません。
    • 従業員のスキル
      EV、電池、および電池のリサイクルを取り巻くダイナミックな環境の変化の速さに後れをとらないためには、自動車業界に対する投融資の担当者に、自動車セクターに関する専門知識の深化を徹底させる必要があるでしょう。
フランクフルトの街並み
(Chapter breaker)
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第3章

信頼性の高い移行のための信頼性の高い分析

移行については、データギャップがあります。そのギャップを解消するためには、先を見越した対応が必要です。

前章の事例から明らかなように、トランジションファイナンスを行い、成功させるためには、移行の道筋についての深い理解が必要です。しかし、「信頼性の高い移行」の内容を明らかにする、信頼のおける比較可能なデータが金融機関にはまだ十分にありません。

移行について理解する上で役立つ定量データと定性データに関して、金融機関が自らに問いかけるべき重要な質問がいくつかあります。EY FSO Consulting PartnerでありEY EMEIA Climate Change Risk Pillar Leadを務めるMax Weberは次のような質問を挙げています。「金融機関が投融資を考えているプロジェクトや企業を評価できる情報やデータがあるでしょうか。評価する対象は移行の道筋のどの段階にいるのでしょうか。移行プロジェクトや移行ポートフォリオへの投融資の実施を決定できるだけの情報があるのでしょうか」

これらの問いかけに向き合うためには、まず分析を行い、サブセクターベースで、そのポートフォリオの移行ポテンシャルを評価する必要があります。この評価の目標は、以下の点を理解することです。

  • 政府、政策、規制当局が定めたセクター全体の排出量削減目標に伴う介入を受けることなく、すでに移行を進めているのはどのセクターとどの企業か
  • 移行計画の策定が終了しているのはどのセクターとどの企業か
  • 信頼性の高い移行の道筋に到達するためにさらなる支援を必要としているのはどのセクターか

こうした見方を通してポートフォリオを評価することで、ポートフォリオ全体の資産の移行に向けた準備状況をより深く理解できるはずです。金融機関は、自らのポートフォリオでパッシブな移行戦略を模索し、すでに脱炭素化に取り組んでいて移行計画の策定を終了したクライアントや取引先に資金を集中させる一方、迅速な移行ができない企業や、これに後ろ向きな企業からの資金の引き上げを選択することもできます。

気候変動リスクの影響に対する理解

54%

の銀行が「予備的な理解」にとどまっている。

28%

が「ある程度完全に」理解している。

しかしパッシブ戦略では、金融機関自身の移行目標もネットゼロ目標も達成できそうにありません。アクティブな移行戦略を模索する金融機関は、クライアントや取引先と協力し、自らの投融資判断を通して脱炭素化の意欲を高める必要があるでしょう。

このような類のトランジションファイナンスは多くの金融機関にとってまだ比較的新しい領域です。金融機関は、より意欲的な移行を奨励する投融資メカニズムの導入と開発を始めました。とはいえ、トランジションファイナンスについては大きな課題が残っています。最大の課題はデータ不足です。ネットゼロ目標を公表する企業が増えてきましたが、金融機関が知見や長期的なデータを得ることができる具体的な移行事例はまだほとんどありません。IIF/EYグローバルリスクマネジメント調査(IIF/EY Global Risk Management Survey)(PDF)によると、調査対象となった銀行の54%が「気候変動リスクの影響について予備的な理解」しかしていません。「ある程度完全に」理解している銀行の割合は28%でした。

大手上場企業は、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)による提言に従い情報開示を行っており、その情報から金融機関は意思決定の基となるデータセットを得ることができます。しかし、それ以外の企業については、この種のデータを入手することができません。EY EMEIA Strategy and Transactions Innovation LeaderのChristopher Schmitzは次のように説明しています。「銀行のポートフォリオの大部分を占める中小企業など上場していないクライアント、つまり借入側については、現在のところ公表基準がありません」

金融機関はクライアントや取引先からどのような情報の開示を受ける必要があるのかを検討していますが、このデータギャップが完全に解消されるまでにはあと数年かかるでしょう。しかし、気候変動対策に取り組むことは急務です。今すぐに移行への投融資が必要であるため、金融機関はこのアクティブな道筋をたどり、クライアントや取引先と協力してその移行を促進しなければなりません。

このようなデータギャップが残る中、確信を持ってトランジションファイナンスを行うことができるようになるためには、移行に関わる投融資を考える際に、「信頼性の高い」移行計画の在り方(EY.com UK)を詳しく示す独自のフレームワークを構築する必要があるでしょう。

このような判断を下す際に金融機関が参考にできる便利な評価体系が新たに誕生しました。TCFDが2021年10月に公表した「実効的な移行計画の特徴」に関するガイダンス(PDF)です。移行計画の信頼性を評価する主な7つのステップの概要を示しています。このガイダンスによると、計画の要件は以下の通りです。

  1. 排出量削減目標を達成するための、企業の戦略および自らの戦略に沿った内容にする
  2. 科学的根拠に基づいた、測定可能な気候関連の数値目標を掲げる
  3. 目標の達成に対して経営幹部が担う責任と監督の大まかな内容を示す
  4. 移行目標を達成するためにその組織が今後着手する具体的な行動と事業開発の詳細を示す
  5. その組織の現在の移行関連のケイパビリティと計画に加え、課題(削減が難しい活動に関与しているかなど)に関する情報を盛り込む
  6. 排出削減目標とその時の事業戦略に引き続き沿ったものにするため、定期的(少なくとも5年ごと)に更新をする
  7. 関係するステークホルダーまたは一般に進捗状況を年に1回報告する

この類の詳細な情報を最も集めやすいのは、クライアントや取引先と緊密に連携している金融機関です。その情報を生かし、より効果的な対応で、移行ポテンシャルを実現するサポートができるはずです。

森林のロープスコースで遊ぶ2人の女性
(Chapter breaker)
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第4章

金融サービスの移行リーダーシップ

金融機関では経営幹部と取締役会がトランジションファイナンスの目標を決めることになるでしょう。

金融機関の経営幹部は今後、ポートフォリオ全体の移行目標と移行計画の策定で重要な役割を果たすことになります。EY Associate Partner for Climate Change and SustainabilityのLoree Gourleyは、「危機に対応するための気候変動対策と気候行動を促すことを目的としたトランジションファイナンス(に対する責任)は金融界のビジネスリーダーにあると思います」と述べています。気候行動については金融機関の取締役会がアジェンダを策定し、ビジネスリーダーが担うのは、全体的なリスク管理と戦略、ポリシーの決定です。どこに投融資を集中させるか、また、資金を引き上げるとしたらどのセクターからかを決める立場にあります。

金融機関のリーダーには、投融資先企業の移行に対する意欲を高め、炭素集約型の活動の継続を思いとどまらせる手段があり、それは例えば以下のようなものです。

  • 銀行のリスク委員会には、組織のリスク管理ポリシーに対する監督権限があります。今後は、気候変動に係る訴訟リスク、レピュテーションリスク、移行リスク、物理的リスクを含めた、気候関連リスクのモニタリングに責任を負うことになると思われます。リスク委員会が行う、排出量の多い活動に対する投融資の継続により生じるリスクの評価は、新しい金融手法であるトランジションファイナンスに係るリスクとは対照的に、銀行の融資先の選択に影響を与えることになるでしょう。
  • 資産運用会社や機関投資家の視点に立つと、投資委員会は組織の投資戦略を定め、それを気候関連目標を含めた長期目標に沿った内容にすることに全体的な責任を負っています。気候などのサステナビリティ関連の目標を公表した資産運用会社や機関投資家は、ポートフォリオ全体にわたり、その目標の達成に向けた取り組みをリードする必要があるでしょう。排出量削減目標には、これら委員会が定めた投資マンデートや投資ポリシーを織り込まなければなりません。
  • 金融機関の取締役会は排出量削減の中間目標を報酬の決定要素の1つにして、前年比財務収益だけでなくネットゼロ目標にも従業員の目を向けさせることで、この目標を経営幹部だけでなく従業員にとっても優先課題として位置付けることができます。
ハイキングをする父と娘
(Chapter breaker)
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第5章

対話とコミュニケーションを活用する

トランジションファイナンスのポテンシャルをフルに引き出すためには、クライアントや取引先との協力関係が不可欠となるでしょう。

今後は移行プロセス全体を通して、クライアントや取引先とのコミュニケーションと対話が極めて重要になります。「金融機関がネットゼロ目標に向けた取り組みの内容をクライアントに伝える上でも、クライアントの取り組みの内容を理解する上でも、優れた学習能力と対話が必要になると思います」と話すのは、EYでSustainability, Climate Change and Riskのシニアマネージャーを務めるRyan Bohnです。

対話には極めて重要なポイントが大きく3つあります。

  • 自らの移行目標を市場に明確に発信する
  • クライアントや取引先と緊密に連携して、移行の道筋の具体的な内容と移行の後押しとなる新たな動き(新たなテクノロジーなど)を把握する
  • 移行に関する自らの専門知識を共有してクライアントや取引先をサポートする

投資分野ではすでに、このような緊密な関与がみられるようになってきました。「投資家はスチュワードシップの観点から決定などを下すことが非常に多く、企業の移行計画に深く関与しています」とInstitutional Investors Group on Climate Change(IIGCC)でPolicy Programme Directorを務めるEmelia Holdaway氏は指摘します。

クライアントや取引先との建設的かつ実りの多い関わり合いを実現するためには、金融機関が人材に投資をし、気候関連の専門知識とスキルを育成する必要があります。高度な知識とスキルを身に付けた従業員は、クライアントや取引先とサブセクターの移行の道筋について専門的に説明し、移行プロセスの最初から最後まで、確信を持ってクライアントや取引先を導くことができるはずです。「適材を配置し、適切な人材研修を実施し、こうしたスキルを真に積み上げ、信頼性の高い対応をする。今後はこれが本当に重要になるはずです」とEYでSustainable Financeのマネージャーを務めるElla Sextonは言います。

今後は、気候問題に重点を置いたスキルの需要を満たすために採用に投資するケースも出てくるでしょう。例えば、気候科学者や電池技術の専門家を採用している金融機関もあります。しかし、そうした金融機関を除くと、既存の従業員を教育して、サブセクターの移行の道筋に忠実に沿った、気候に特化した新しい知識を身に付けさせる必要があるでしょう。

その一方で、組織内のアナリストやリレーションシップマネージャーの多くがすでに備えているセクター固有の知識を忘れてはなりません。特定のサブセクター、その業務とサプライチェーンに関する深い知識を備えた従業員は、それぞれの移行の道筋を進むクライアントに的確な助言とサポートを行うことができるはずです。

本記事の作成にあたり、Jane C. Lin(Partner/Principal, Business Development, Ernst & Young LLP United State)が協力してくれました。ここに感謝の意を表します。

サマリー

COP26においてグラスゴー気候合意が取りまとめられる過程で、資金提供者による取り組みが、そのバランスシートの脱炭素化だけでなく、企業による実体経済での脱炭素化の後押しにも必要であることが浮き彫りとなりました。ネットゼロへの移行が金融機関に課題を突き付けています。多くの銀行、資産運用会社、保険会社にとって、これは投融資の新たな領域です。その一方で、適切な対策を講じることにより、トランジションファイナンスの専門知識を確立し、チャンスを見極めることができます。サブセクターの移行の道筋に関する知識を深め、移行に詳しい人材に投資をすることが成功の鍵となるでしょう。

この記事について

執筆者
Gill Lofts

EY Global Financial Services Sustainable Finance Leader, EY Financial Services Wealth & Asset Management Leader, Ernst & Young LLP United Kingdom

UK Wealth & Asset Management Leader and Global Financial Services Sustainable Finance Leader. Passionate about creating a legacy in the Financial Services industry and proud mother of two daughters.

Tom Groom

EY Global Client Service Partner

Corporate finance professional. Enjoys running. Father of three wonderful children.

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