そして、今回は、日本の置かれた現状を踏まえ、シュタットベルケの人材マネジメントに焦点を当てたいと考えます。シュタットベルケは長期のライフサイクルを有するインフラの管理者として、事業の根幹となる人材を維持することに多くの努力と労力を費やしています。先進国共通の課題として、公共インフラ分野への人材確保が困難となる中、シュタットベルケは金銭価値に縛られないTotal Rewardの考え方を重要視しています。Total Rewardとは、給与等の金銭的報酬だけではなく、業務を通じた地域社会への貢献、そのための人材育成制度、納得のいく評価制度などの非金銭価値を総合的に捉えた考えです。特に、非金銭価値の中でもシュタットベルケのマネジメントは、「Public Value(公的価値)」を重視しており、組織のパーパスにもひも付いています。Public Valueは、基礎自治体に課せられた市民の生存権の保障を、インフラという具体的なサービスを通して支えるものであり、職員のモチベーションを形成し、ひいては経営の持続性を高めることに貢献しています。
- 欠員を生じさせない工夫、スキルを考慮した計画的な組織マネジメント
シュタットベルケは、将来の人材計画を見える化し、何年後に誰がどの程度の経験を積み、どのポジションにいるのかを把握できるようにしています。このようなスキルを考慮した組織マネジメントを行うことで、教育コストや人材採用にかかるコストが明らかとなり、長期経営計画にも人材育成に要するコストを織り込んでいます。また、貴重な人材を確保するため、入社前から入社後管理職になるまで一貫した教育制度が整えられています。
日本の上下⽔道事業などの公共インフラは、市町村における財政健全化の取り組みなどもあり、年々技術者が減少し、加えて⼀般事務職や⺠間企業などと⽐べても新規採⽤の競争倍率も低く推移しており、職員数を維持することが難しい状況にあります。しかし、上下⽔道事業体は、サービスを維持し続けることが⽬的であるインフラの管理者として、⻑期的な視点で、どのような⼈材が必要かを計画的に⽰し、市⺠の理解を得ていくことが求められると考えます。
シュタットベルケの経営において、近年特に重要視されているものがPublic Valueです。ドイツの基礎自治体は、ドイツ基本法によって住民に対する生存権配慮義務を課せられています。自治体から出資を受けて上下水道サービスを提供するシュタットベルケは、インフラサービスを提供し続けることで、この義務を果たす役割を担っています。このような背景から、シュタットベルケはPublic Valueを追求し、地域貢献といった自社の存在意義(パーパス)の共有によって、リクルーティングや人材の維持に非金銭面で貢献しています。
人材獲得に課題を抱える⽇本の上下⽔道事業体においても、企業としての経済性の発揮と、公的なインフラサービスの提供者としてのPublic Valueの両立する方法を模索し続けることが重要ではないでしょうか。
ドイツでは、人材の採用・育成だけでなく、シュタットベルケという組織自体が中心となり、近隣自治体と広域的に連携していくことで、人材の広域的な活用を実現しています。中核となる都市のシュタットベルケが、近隣の自治体から水道事業の管理委託を受けたり、新たに共同でシュタットベルケを設立したりすることで効率化につなげるだけでなく、中核都市のシュタットベルケに所属している人的リソースを近隣自治体とも共有できるようになっています。このような人的リソースの共有により、地方の小規模自治体では配置が難しい機械・電機やデジタルなどの専門家を組織の中に抱えることができるようになっています。
このようにシュタットベルケにおいては、人材採用・育成に注力するだけでなく、組織間の連携による人材リソースの共有化を図ることで貴重な人的リソースを確保・維持し、持続的な事業運営を成し遂げています。