素材産業 第3回:新収益認識会計基準が素材産業に与える影響(1)

EY新日本有限責任監査法人 素材セクター
公認会計士 式森千賀/爲我井顧矩/濱田和輝/兵藤伸考/渡邉 正

1. はじめに

2018年3月、企業会計基準委員会(ASBJ)は、企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」(以下、収益認識会計基準)及び企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」(以下、適用指針)を公表しました。当該基準は2021年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用とされており、2018年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用することができるとされています。

本連載では、こうした状況を踏まえながら、鉄鋼・非鉄金属・セメント・紙パルプの各業種での主な収益認識の論点について解説します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りします。
 

2. 事業の特徴及び主な論点

素材産業の特徴として、素材メーカーが顧客に直接販売するのではなく、代理店、特約店、商社等を通した販売契約になる一方、商品又は製品自体はメーカーから直接顧客へと直送されることがあります(直送取引)。

素材産業の業種によっては、顧客の要請等により、メーカーが倉庫内の商品又は製品を移動させることなく、所有権が顧客に移転するという取引(名義変更取引)や、企業が外部の加工業者(以下、支給先企業)に仕掛品や原材料(以下、支給品)を有償で支給して加工を外注し、支給先企業における加工後に、当該支給先企業から加工された支給品を購入する取引(有償支給取引)を行っているケースが存在します。取引価格の決定の観点からは、顧客が一定数量を超える商品又は製品を購入した場合に、購入量に応じたディスカウントを行う取り決め(ボリュームディスカウント)を販売契約において定めているケースがあります。

さらに、セメント業界においては、メーカーごとの品質に差が少ない資材であり、重量があることから、自社の工場や各拠点のSS(サービスステーション)よりも、他セメントメーカーの工場やSSの方が納入先に近い場合、運送コストの削減を目的として、他セメントメーカー間の取引で取り交わされる製品(セメント)を自社の製品(セメント)と交換する「交換出荷」が行われることがあります。

最後に、これまでの実務慣行で多く見られた、いわゆる出荷基準の取扱いが今後も認められるかという論点に関心が高いものと考えられます。

これらをまとめると、各業種によって以下のような収益認識の論点が考えられます。

鉄鋼

非鉄金属

セメント

紙パルプ

本人代理人

請求済未出荷契約

有償支給取引

変動対価

交換取引

出荷基準

(注)上の表は、各業種における収益認識に係る論点を網羅的に識別したものではなく、本連載で取り上げることとした論点です。
 

3. 個別論点

(1) 本人代理人

a. 取引の概要

鉄鋼業界

鉄鋼メーカーでは、電炉や高炉において鋼材製品を製造し、その多くが専門商社等の一次問屋経由で加工業者や二次問屋に販売し、その後、海外や国内の需要家に渡るという複雑な販売形態があります。販売形態は「ひも付き」といわれる特定需要家向けが主で、「店売り」といわれる一般流通向けが4分の1ほどとなっています。

一般的な鉄鋼の流通経路として、以下のような流れが挙げられます。

図表 一般的な鉄鋼の流通経路

非鉄金属業界

非鉄金属業界では、原料となる銅分等を含んだ鉱石を海外鉱山会社から輸入し、国内買鉱製錬会社において当該鉱石を製錬し、電気銅等の製品を製造します。天然資源に乏しい日本の非鉄金属業界の会社では、鉱石調達を海外の鉱山会社からの長期仕入契約による輸入に依存していますが、輸入される鉱石の種類やタイミングによっては必ずしも自社製錬所に受け入れず、そのような鉱石を他の買鉱製錬会社又は商社に売却する場合があります。

また、製造した電気銅等の製品についても、直接需要家に販売される場合もあれば、一部専門商社を経由して需要家に販売される場合もあります。

図表 一般的な鉄鋼の販売経路

セメント業界

セメントメーカーは自社においてセメントを生産すると、特約販売店・商社等を通して生コン製造業者へ販売し、生コン製造業者においてセメントを主原料に生コンを製造します。製造された生コンは、主に生コン協同組合を通して需要家(ゼネコン等)へ出荷されます。

この際、セメントメーカーは特約販売店・商社等を通して生コン製造業者へセメントを販売する場合や、直接、生コン製造業者へ販売する場合があります。また、生コン製造業者においても、生コン協同組合から特約販売店・商社を経由して需要家へ出荷される場合や、卸売協同組合を経由して需要家に出荷される場合等があり、流通経路は複雑となっています。

一般的なセメント・生コンの流通経路として以下のような流れが挙げられます。

図表 一般的セメント・生コンの販売経路

大手セメントメーカーは、子会社としてセメント商社、セメント製造業者や生コン商社を有している場合が多く、大手セメントメーカーがセメント流通経路の中で複数の役割で商流にかかわることが、ほとんどと思われます。また、セメント商社が生コン商社を兼業する場合もあります。
 

紙パルプ業界

紙パルプ事業において、特に紙について製紙メーカーから需要家に至る商流は、以下のように、一次卸である代理店と、二次卸である卸商を経由して需要家に流れることが一般的です。なお、大手メーカーでは、卸を担う販売会社を子会社として有している場合があります。

図表 製紙メーカーから需要家に至る商流

b. 現行の会計処理

現行の会計基準において明確な定めはありませんが、流通経路の役割によっては業界慣行により収益を総額表示している場合があると考えられます。

c. 収益認識会計基準の考え方

収益認識会計基準においては、企業が本人として取引を実施するのか、代理人として取引を実施するのかにより、認識する収益の額が異なります。

企業が本人に該当するときには、当該財又はサービスの提供と交換に企業が権利を得ると見込む対価の総額を収益として認識します(適用指針第39項)。

企業が代理人に該当するときには、他の当事者により提供されるように手配することと交換に企業が権利を得ると見込む報酬又は手数料の金額(あるいは他の当事者が提供する財又はサービスと交換に受け取る額から当該他の当事者に支払う額を控除した純額)を収益として認識します(適用指針第40項)。

本人と代理人のどちらに該当するかの判断にあたり、企業は顧客に提供する財又はサービスを識別し、それが顧客に提供される前に企業が支配しているかを判断することになります(適用指針第42項)。これは、企業が本人として行動するためには、すなわち、財又はサービスを自ら提供するためには、当該財又はサービスを顧客に提供する前に支配していなければならないと考えられるためです。支配とは、企業が財又はサービスの使用を指図し、当該財又はサービスからの残りの便益のほとんどすべてを享受する能力を有していることをいいます(収益認識会計基準第37項)。例えば、企業が顧客以外の当事者に財又はサービスを提供されるように指図することができる、または、それを自ら使用できる場合、企業は当該財又はサービスを支配していると考えられます。ただし、当該支配の定義を満たしているかどうかの判断が必ずしも容易でないことから、適用指針第47項では、当該支配の有無を判断するために考慮する指標の例を以下の通り示しています。

  • 企業が当該財又はサービスを提供するという約束の履行に対して主たる責任を有していること
    企業が当該財又はサービスを提供するという約束の履行に対して主たる責任を有していることには、通常、財又はサービスの受入可能性に対する責任(例えば、財又はサービスが顧客の仕様を満たしていることについての主たる責任)が含まれる。企業が財又はサービスを提供するという約束の履行に対して主たる責任を有している場合には、当該財又はサービスの提供に関与する他の当事者が代理人として行動していることを示す可能性がある。

  • 当該財又はサービスが顧客に提供される前、あるいは当該財又はサービスに対する支配が顧客に移転した後(例えば、顧客が返品権を有している場合)において、企業が在庫リスクを有していること
    顧客との契約を獲得する前に、企業が財又はサービスを獲得する場合あるいは獲得することを約束する場合には、当該財又はサービスが顧客に提供される前に、企業が当該財又はサービスの使用を指図し、当該財又はサービスからの残りの便益のほとんどすべてを享受する能力を有していることを示す可能性がある。

  • 当該財又はサービスの価格の設定において企業が裁量権を有していること
    財又はサービスに対して顧客が支払う価格を企業が設定している場合には、企業が当該財又はサービスの使用を指図し、当該財又はサービスからの残りの便益のほとんどすべてを享受する能力を有していることを示す可能性がある。ただし、代理人が価格の設定における裁量権を有している場合もある。例えば、代理人は、財又はサービスが他の当事者によって提供されるように手配するサービスから追加的な収益を生み出すために、価格の設定について一定の裁量権を有している場合がある。

従って、本人と代理人の判断にあたっては、①主たる責任、②在庫リスク、③価格裁量権、を軸に判断されると考えます。

三つの視点の検討にあたっては、前述の各業界の事業の特徴や商流を踏まえ、実態に即した判断が必要となります。加えて本指標は、特定の財又はサービスの性質及び契約条件により、財又はサービスに対する支配への関連度合いが異なり、契約によっては、説得力のある根拠を提供する指標が異なる可能性があり、どの指標を重視する必要があるか検討する必要があります(適用指針第136項)。また、本指標による評価は支配の評価を覆すものではなく、単独で行われるものでもないとされている点について留意が必要です。素材産業においては主として財を取り扱うため、在庫リスクを重視して検討する場合が多いと考えられます。

各業界に当てはめると以下のような検討が考えられます。
 

《鉄鋼業界の商流に当てはめた場合》
鉄鋼メーカーでは特有の商社を連結グループに持っていることが多く、当該商社を通じて販売しますが、当該商社において以下のような検討が考えられます。

  • 約束の履行に主たる責任を有している
    顧客への販売後に、品質に問題があった、又は注文書と異なる仕様だったことが発覚した場合、企業が一義的に責任を負い、その後、メーカーと企業との交渉が行われ、メーカーに責任がある場合には、約束の履行に主たる責任を負わない場合が考えられます。

  • 在庫リスクを有している
    直送取引の場合、顧客から注文を受けて、メーカーに発注した後に顧客の注文がキャンセルになった場合、自社在庫としなければならないケースと、自社在庫とせずメーカーへの発注をキャンセルできるケースの両方がありますが、自社在庫とすべきケースでは在庫リスクを有することを示す要素の一つとなる一方、仕入をキャンセルできるケースでは在庫リスクをなくす又は軽減するものと考えられます。

  • 価格裁量権を有している
    取引の実態を総合的に勘案するものの、例えば外口銭と内口銭のどちらであるのかにより、価格裁量権を有しているかを判断することがあります。外口銭取引はコイルの裁断加工をしている場合等に、加工による付加価値分を仕入値に上乗せしたものであり、価格裁量権を有する要素が高くなります。一方、内口銭は鉄鋼メーカーとトン当たり何%というように具体的に率が決められているものであり、価格裁量権を有する要素が軽減されます。よって、外口銭取引は価格裁量権を有している、内口銭取引は価格裁量権を有していないと整理することがあると考えられます。

      《非鉄金属業界の商流に当てはめた場合》
      買鉱製錬会社では、子会社・関連会社として専門商社等を有している場合が多く、買鉱製錬会社の鉱石転売取引において以下のような検討が考えられます。

      • 約束の履行に主たる責任を有している
        鉱石の転売にあたっては契約形態により、約束の履行に主たる責任を有しているかケース・バイ・ケースとなると考えられます。例えば、仕入れた鉱石に対して、その都度販売先を決める場合には、主たる責任を有していると考えられます。

      • 在庫リスクを有している
        前述の通り、鉱石の転売にあたっては契約形態により在庫リスクを有するかケース・バイ・ケースになると考えられます。例えば、鉱石の購入時点から他の買鉱製錬会社又は商社に鉱石を売却することが予定される直送取引を行う場合には、在庫リスクを有していない又は在庫リスクを軽減するものと考えられます。

      • 価格裁量権を有している
        価格の設定権を企業は有しているのか、又は、企業は値引販売等の裁量権を有しているのか。例えば、銅鉱石等は、ロンドン金属取引所(LME)等の指標にTC/RCを控除することで価格の多くが決定されており、TC/RCに対する価格裁量の余地が低い場合には、価格裁量権を有していないと考えられます。

          《セメント業界の商流に当てはめた場合》
          セメントメーカーでは、子会社としてセメント商社や生コン商社を有している場合が多く、これらの子会社商社において以下のような検討が考えられます。

          • 約束の履行に主たる責任を有している
            子会社商社は生コンが顧客の仕様を満たしていることについての主たる責任を有しているかについては、発注元である生コン協同組合又は生コン製造業者が、生コンを顧客である需要家(ゼネコン等)に提供できない場合に、子会社商社は生コンを提供する義務はなく、生コンを提供するという約束の履行に関する義務を負わない場合が考えられます。

          • 在庫リスクを有している
            顧客との契約を獲得する前に生コンの仕入を行うのか、又は、生コンの仕入を約束するか。この点、直送取引が多く、生コンを顧客から受注した後に生コン製造業者に生コンを発注しており、在庫リスクを有していない場合が考えられます。

          • 価格裁量権を有している
            価格の設定権を企業は有しているのか、又は、企業は値引販売等の裁量権を有しているのか。この点、生コンの流通経路において、価格は各生コン協同組合で決められるケースが多く、販売価格に関する裁量権を有していない場合が考えられます。

              《紙パルプ業界の商流に当てはめた場合》
              一次卸である代理店や、二次卸である卸商、大手メーカーの販売子会社において以下のような検討が考えられます。

              • 約束の履行に主たる責任を有している
                顧客に対する製品供給の主たる責任を有しているのはどこか。例えば、仕入先メーカーのトラブルにより顧客からの注文通りに供給できない場合に、企業が他の仕入先から製品を仕入れて供給する責任がある場合、企業が約束の履行に主たる責任を有していると考えられます。

              • 在庫リスクを有している
                在庫を一時的にでも保管する可能性があるか。例えば、直送取引の場合に、顧客からの受注の前に仕入先へ発注を行う場合には、顧客からの注文の状況によって企業が在庫を保有する可能性があるため、在庫リスクを有していると考えられる場合があります。

              • 価格裁量権を有している
                顧客との価格交渉を行っているのはどこか。例えば、顧客との販売価格交渉は仕入先からの仕入価格を踏まえて企業が行っている場合、価格裁量権を有しているものと考えられます。ただし、紙という製品の特性上、販売価格が市況に近い価格でほぼ決定されており、価格裁量の余地が低い場合には、価格裁量権を有していないとも考えられます。

                  d. 設例

                  本設例では、セメント業界の事例を紹介します。

                  セメント業界

                  (前提条件)

                  ① A社は生コン商社であり、ゼネコンB社からの注文により生コン協同組合Cから生コン400を購入し、ゼネコンB社に410で販売した。

                  ② A社は以下の判定により当該取引を代理人取引と判断した。

                  • A社が顧客であるゼネコンB社に提供する財又はサービスは生コンである。
                  • A社は、生コン協同組合Cが生コンを顧客に提供できない場合に生コンを提供する義務はなく、生コンを提供するという約束の履行に関する義務は負わない。
                  • A社は、生コンを顧客であるゼネコンB社から受注する前に、生コン協同組合Cに対して生コンを発注していない。
                  • A社は販売価格に関する裁量権を有していない。

                  (会計処理)

                  <生コンの販売時>
                  A社は代理人であるため、手数料である10(=410-400)を収益として認識します。

                  図表 生コンの販売時貸借対照表


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