第1章
分析:各国・地域の行動が世界のネットゼロ目標に及ぼす影響
再生可能エネルギーの国内生産に対する政策支援には課題が伴いますが、機会もあります。
再⽣可能エネルギーがエネルギー政策の中核になったことを受け、国内産かつ低コスト、低炭素、地場の技術活⽤によりリードタイムが短いエネルギーは、世界中の政府にとって従来にも増して望ましいものになっています。
例えば、⽶国インフレ抑制法(以下、同法)は総額3,690億米ドルの投資を通じて、エネルギー安全保障と気候変動に、優先的に取り組むことを⽬的とするものです1。⾵⼒、太陽光、エネルギー貯蔵、二酸化炭素回収による利⽤と貯留(CCUS)、クリーン⽔素の⽣産、再⽣可能な天然ガス、原⼦⼒および電気⾃動⾞など、再⽣可能エネルギー分野のさまざまな資源や技術が、同法に基づき提供される促進策の恩恵を受けるとみられます。2022年8⽉の成⽴以降8カ⽉間で、⽶国のユーティリティスケール(規模の大きな)の、クリーンエネルギー設備に注ぎ込まれた投資は、1,500億⽶ドル超に上ります2。
米国のクリーンエネルギーへの新規投資を表明した企業には、外国企業も含まれていることから、同法が国際的な資本配分の不均衡を引き起こしかねないと懸念されています。そのため、他の主要国・地域は同法の潜在的影響に早急に対処しなければなりませんでした。
代表的な例は、欧州委員会によるEUの国家補助規制3 の緩和です。これはバッテリー、太陽光パネル、⾵⼒タービン、ヒートポンプ、電解槽、二酸化炭素回収技術、これらの製造に使⽤される部品、および原材料の⽣産に対する補助⾦の交付を容易にすることを⽬的としています4。EUは既にREPowerEU計画を通じて、ロシアからの天然ガス輸⼊を再⽣可能エネルギー、⽔素、バイオメタンに代替することにより、EUのエネルギー安全保障の強化を⽬指していました5。英国は電気料⾦が天然ガス価格に影響されないようにするため、エネルギー改⾰に取り組んでいます6。
脱炭素化への投資を促進するには、技術進歩の加速とコスト削減につながる市場競争が必要です。そうすることは、世界のエネルギー移⾏へのプラスになるでしょう。
インドでは、政府の野⼼的な⽬標設定と⺠間セクターの積極的な⾏動を組み合わせることで、再⽣可能エネルギー産業の拡⼤が進んでいます。中国は太陽光発電⽤部品など、既に競争⼒のある製品の輸出増加を視野に⼊れつつ、⽀配的な地位を持つ国内市場での活動を強化しています。マレーシアやインドネシアといった他のアジア諸国・地域では、より規模の⼤きい国々との競争が激化しても、⾃国の太陽光発電市場が成⻑できる⽅法を模索しています。
このような競争は、技術の進歩の加速とコスト削減につながる可能性があります。これによりエネルギーの移⾏が促され、脱炭素化と地球の気温上昇の抑制に必要な投資に、拍⾞がかかるでしょう。
再⽣可能エネルギーへの投資を国内経済の回復を⽀える⼿段の1つと捉えている国々にとっても、国内のサプライチェーン強化に対するニーズの高まりが、雇⽤創出、幅広い産業の成⻑、国内総⽣産の増加、⼈々の⽣活の向上など、⾃国の利益にもつながる可能性があります7。
ただし、ネットゼロの⽬標達成を遅らせないためには、サプライチェーンの現地化、または国内サプライチェーンの強化を早急に⾏う必要があります。そのためには新たな体制と協⼒関係を形成しなければならないでしょう。しかし、これを短期間で実現するのは困難です。国際通貨基⾦の予想では経済成⻑は2023年に落ち込み、2024年はわずかな回復にとどまるとみられており、このような経済状況ではなおさら時間を要するでしょう8。
このように、成⻑が鈍化すると⾒込まれているにもかかわらず、各国が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックの影響から回復し、脱炭素化の⽬標をより一層引き上げる中、ここ数年、低炭素技術を巡る投資環境は進化し続けています。着実な2桁成⻑を⽪切りに、エネルギーの移⾏に関する投資額は、過去2年間で爆発的に増加しました。この分野への資本流⼊は継続しており、さらなる成⻑が⾒込まれています。北⽶では記録的な年となった2021年に引き続き、2022年も全投資家セグメントにわたり投資は堅調でしたが、投資総額は若⼲減少しました9。
このように、再⽣可能エネルギーの需要の急速な増加とネットゼロ実現に向けて機は熟しているように見えます。⽶国インフレ抑制法などの市場介⼊政策によって、エネルギーの移⾏は加速するのか、それとも遅れるのか――明らかになるのはこれからです。
第2章
主要な進展:世界の再生可能エネルギーの状況
主要な進展︓エジプトの⾵⼒発電に向けた野⼼的⽬標に始まり、太陽光発電の市場シェア拡⼤に向けた⽇本の取り組みに⾄るまで。
再⽣可能エネルギー開発を奨励する政策の策定は、多くの政府にとって最優先事項になっており、景気後退の中でエネルギー安全保障が推進された結果、多額の投資の実現につながる機会がもたらされました。
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第3章
インデックスの正規化
経済規模に照らし合わせて、予想を上回るパフォーマンスを発揮している国・地域を明らかにする。
RECAIでは、再⽣可能エネルギー市場の魅⼒を⽐較する上で、開発段階にあるプロジェクトの規模や件数など、再⽣可能エネルギーへの投資機会の規模を明確に反映するさまざまな基準を⽤いています。そのため、当然ながら経済規模の⼤きな国が有利になります。それらを国内総⽣産(GDP)で正規化すると、経済規模に照らして、予想以上のパフォーマンスを発揮している国が⾒えてきます。このようにインデックスを正規化することにより、経済規模が⽐較的⼩さい国々の、野⼼的な取り組みが明らかになり、投資家にとっては魅⼒的な選択肢を⾒いだすことができるのです。
第4章
コーポレートPPAは困難な1年を乗り切り、欧州でトップに
世界各地の市場が落ち着くにつれて価格高騰は緩和し、PPA市場では再びバランスが回復しつつあります。
2022年、コーポレート電⼒購⼊契約(PPA)は、容量の点(8.4GW中7GW)、件数の点(161件中129件)両方で、欧州のユーティリティPPAを⼤幅に上回りました10。この傾向は、世界の他の地域にも現れるとみられます。
昨年は価格の⾼騰と激しい変動に加えプロジェクトの不⾜もあり売り⼿市場は失速し、企業にとって困難な1年になりました。PPAの価格体系にはインフレも影響を及ぼし、価格スライドのないPPA契約に同意するデベロッパーは、ほとんどいませんでした。しかしこのデベロッパー側からの要求は緩和され、現在ほとんどのデベロッパーが固定価格を提供しています。
2023年の初めには世界各地の市場が落ち着くとともに、価格⾼騰はかなり緩和され、PPA市場では再びバランスが改善しつつあります。多くの市場では卸売電⼒先物価格が現物価格に⽐べて⼀般的に下落しており、⼀部の国・地域では、再⽣可能エネルギーのさらなる導入による、販売価格の下落リスクが⽣じています。また、デベロッパーは⻑期的な収益の安定化を必要としており、⻑期契約というPPAの性質に鑑み、デベロッパーは、再びPPAによる企業への販売を望むようになっています。
「シェーピング」コスト(発電量が不安定な再生可能エネルギーをベースとしながらも、電力を安定的に販売するためのコスト)が急激に増加しているため、物理的およびスリーブドPPAの利⽤は減少しています。規制が緩和された市場の多くで現在一般的になっているのは、発電した電力量のみを販売対象とする仮想PPAです。
EYのコーポレートPPA指数は、4つの主なパラメーターから、各国のコーポレートPPA市場の潜在成⻑⼒を分析し、順位を決定します。データと方法論の詳細については、EYコーポレートPPA指標(PDF、英語版のみ)をダウンロードしてご確認ください。
第5章
注目すべき地域:インド
グリーン⽔素の主要⽣産国になるには24時間体制の電⼒供給が不可⽋です。
インドの再生可能エネルギー産業は急速に成長しています。国際エネルギー機関によると、主要経済国の中でも同国の再⽣可能エネルギーの成⻑率が最も⾼く、現在予定されている発電容量の増加を考慮すると、2022年の初めから2026年の間に発電量はさらに増加する⾒込みです11 。2015年から2022年にかけて発電容量は倍増し、163GWに達していました12。
2023年2⽉の時点で、再⽣可能エネルギー発電は、インドの設置済み発電容量の約42.5%を占めています13。太陽光発電は同国で最も重要な再⽣可能エネルギー発電⼿段であり、再⽣可能エネルギー発電の総容量のうち、63GWを占め、⽔⼒発電(47GW)と⾵⼒発電(42GW)を上回っています14。
政府の直近の国家電⼒計画の草案では、2030年までに送電インフラネットワークを300GW拡⼤するとともに、再⽣可能エネルギー発電容量を500GWまで増加させ15、2070年までに温室効果ガス排出量ネットゼロを達成する道筋が⽰されています。
⼀⽅、インドの⺠間セクター、特に商業および⼯業セクター(C&I)企業の間では、⽯炭由来のエネルギーに伴う⾼額のグリッド税の賦課を背景に、再⽣可能エネルギーPPAへの関⼼が⾼まっています16。C&I PPAを軸として資本市場が進化するとともに、グリッドからの購⼊と⽐較し、電⼒コストは低下しています。実際、今やインドは、世界で最も急速に成⻑しているPPA市場の1つです。
国内の再生可能エネルギーミックスへの導⼊が進む、グリーン⽔素など有望な新技術がインドの輸出競争⼒向上につながる可能性があります。この点からも、実⽤的なクリーンエネルギーの24時間供給の重要性は明らかでしょう。
再⽣可能エネルギー発電のシェアの増加は、供給の不安定さがより⼤きな問題になることを意味します。そのため、電⼒の24時間安定供給の重要度はさらに⾼まっています。インドでは、今後数年間で純粋な揚⽔式水力発電容量の増加が⾒込まれており、電⼒の24時間(RTC)安定供給への⼀助となることが期待されています。
国内の再⽣可能エネルギーミックスへの導⼊が進む、グリーン⽔素など有望な新技術がインドの輸出競争⼒向上につながる可能性もあります。この点からも、潜在的な利⽤者にとっての実⽤的なクリーンエネルギーの24時間供給の重要性は、明らかといえるでしょう。
先般開始された「国家グリーン⽔素ミッション」では、1,970億インド・ルピー(24億⽶ドル)の当初予算が計上されました。2030年までに、500万メートルトンのグリーン⽔素の⽣産を⽬標17 としており、これが欧州への輸出のための、グリーン⽔素輸出ハブの地位につながることも考えられます。最近ではインドのGreenko Groupが、ドイツのUniper社との間でグリーンアンモニアの供給に関し、この種の取引としては初となる交渉に向けた基本合意書に署名しました18。
インドは再⽣可能エネルギー業界に対して野⼼的な⽬標を設定していますが、2030年までに再⽣可能エネルギー発電容量を500GWにするという⽬標を達成するには、業界プレーヤーにさらに多額の補助⾦を提供しなければならないでしょう。2022年から2029年の間に、投資を倍増(年間2兆4,400億インド・ルピー〈280億⽶ドル〉)させる必要があると推定されています19。このような状況下とはいえ、再⽣可能エネルギー、二酸化炭素の貯留、グリーン⽔素の領域での⽀援強化を背景に、インドでは脱炭素化が⼤きく進展しており、注視するべき急成⻑市場になっています。
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サマリー
エネルギーの安定供給と価格上昇に関する懸念に対処するため、各国政府は地場の技術を活⽤した再⽣可能エネルギーの国内⽣産の促進を⽬的とする法律の制定に動いています。例えば⽶国インフレ抑制法は、業界での競争の契機となりました。これにより脱炭素化が加速する可能性があります。⼀⽅で国際的な資本配分の不均衡を招きかねず、サプライチェーンの現地化が⼗分な速さで進められなければ、ネットゼロの⽬標達成が困難になる恐れがあります。