VC&ファンド業 第3回:スタートアップの資金調達の概要(後編)

2022年2月10日
カテゴリー 業種別会計

EY新日本有限責任監査法人 VC&ファンドセクター
公認会計士 前川 健太郎

6. 資金調達に種類株式が利用される理由

ここからは、資金調達に種類株式が利用される理由を解説します。スタートアップの資金調達に種類株式が利用される理由は、以下の通り経営者及び投資家にとってメリットがあるからです。

経営者にとってのメリット 投資家にとってのメリット
  • 投資家に優先分配権を付すことで投資家による投資のファイナンス単価を高く設定することができる。その結果、創業者の持株比率を高く維持しつつ、必要な資金を調達できる
  • 普通株の単価の上昇を防ぎ、税制適格ストックオプションの権利行使価格を低く維持でき、上場時のキャピタルゲインを高く維持する
  • 優先分配権を付すことで、低い金額によるM&A Exit時に投資額を優先的に回収できる
  • 希薄化防止条項を付すことでダウンラウンド発生時のリスクを軽減できる

以下では、上記のメリットについて解説します。

(1) 優先分配権

スタートアップの事業を進捗(しんちょく)させていったところ、IPOは難しいがそこそこの値段でM&Aにより売却ができる場合があります。この場合、種類株式の優先分配権をうまく使うことで、創業者と投資家双方にとって良い形でExitすることができます。

(設例)

創業者  80株  取得単価10万円 (投資総額800万円)
VC  20株  取得単価100万円 (投資総額2,000万円)

M&Aで4,000万円での売却先が見つかった場合

① VC投資が普通株の場合

図:VC投資が普通株の場合

② VC投資が種類株式(優先分配権付き 参加型 1倍)の場合(優先分配権付き参加型1倍とは、投資額の1倍まで優先分配を受ける権利を有し、かつ優先分配後の残余財産の分配を受ける権利を有するものである)

図:VC投資が種類株式(優先分配権付き 参加型 1倍)の場合

(2) ダウンラウンドへの対応

希薄化防止条項を付すことで、ダウンラウンド時にはファイナンス単価を減少させることができるよう、種類株式を設計することができます。

転換比率 = 1株あたりの払込金額/転換価格

基本的に転換比率は上記の通り規定されます。原則として、「1株あたりの払込金額=転換価格」となるので、転換比率は1となる。転換価格についてダウンラウンド発生時に金額を低くなるように規定を工夫することで、ダウンラウンド時にファイナンス単価を下げることができます。

(3) 税制適格ストックオプションへの対応

税制適格ストックオプションは、税務上のメリットがあるが、ストックオプション付与時の原資産の公正な価格を下回る行使価格を設定できないとされています。

そこで、普通株式での資金調達を行った場合、当該資金調達により普通株式の公正な価格が上昇することとなり、税制適格ストックオプションの権利行使価格が上昇することとなります。一方、種類株式での資金調達を行った場合は、当該資金調達があったとしても普通株式の公正な価格は必ずしも上昇しないため、税制適格ストックオプションの権利行使価格は必ずしも上昇しないこととなります。(経済産業省『「コンバーティブル投資手段」活用ガイドライン』)

(例)

創業者:1株10万円で出資 VC:1株100万円で出資

  • VCの出資が普通株の場合 → 税制適格ストックオプションの権利行使価格は100万円以上としなければならない
  • VCの出資が種類株の場合 → 権利行使価格を10万円のままにすることができるかもしれない

7. 資金調達にConvertible Securityが利用される理由

資金調達にConvertible Securityが利用される理由は、主に「シード期にコスト・時間のかかる種類株式を使用しないようにするため」「企業価値の決定を先延ばしするため」です。具体的には、適格資金調達が起こった際に、当該資金調達に際して発行される種類株式と同等の株式をディスカウントやキャップを考慮した転換価格で取得できるというものです。ここで、適格資金調達とは、通常種類株式を発行して行う資金調達で一定金額以上のものをいい、ディスカウントとは転換価格について適格資金調達で発行される株式の単価から○%引いた価格のように設定されるものであり、キャップとは適格資金調達時のバリュエーションの上限を設定し、仮に適格資金調達がそれ以上のバリュエーションで行われたとしても、当該設定された上限値をもとに転換する株数を決定するものです。

企業価値の決定を先延ばしする効果は以下の設例で説明します。

(例)

発行済み株式総数 1万株
エンジェル投資家 J-KISS(Convertible Equity) 投資総額1,000万円 ディスカウント20% キャップ2億円
シリーズA投資家  4000株 単価10万円 投資総額4億円

  • ディスカウントベース 10万円×(1-20%)=8万円
  • キャップベース 2億円÷1万株=2万円

キャップベースのほうが単価が低いので、1,000万円÷2万円=500株エンジェル投資家はシリーズA株式を取得することができる。

  • 出資時にファイナンス単価を決める必要がない
    設例でわかる通り、エンジェル投資家は投資時には投資総額1,000万円、キャップ・ディスカウントの条件は決まっているが、単価や株数は決定されていない。シリーズA実行時に確定する(単価2万円 500株)。
  • ディスカウントを設定することで、投資家に早期投資インセンティブをもたらすことができる
    設例では、ディスカウントを20%と設定することで、シリーズA投資家よりも20%やすい単価でシリーズA株を取得できる(今回の設例ではキャップのほうが有利なため、より安い単価で取得できているが)。
  • キャップを設定することで、次のシリーズでファイナンス価格が予想外に高騰した場合の希薄化を防ぐ
    この設例では、キャップを設定しているため、どれだけシリーズAが高騰しても、エンジェル投資家は最低限500株は入手できる。
参考文献等
  • 『「コンバーティブル投資手段」活用ガイドライン』 経済産業省