EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本有限責任監査法人
小売セクター 公認会計士 深迫 裕
本シリーズでは、業種別に事業の特徴に注目し、事業の概要、業種における特徴的な会計処理や開示、関連する内部統制などについて分かりやすく解説したいと考えています。なお、文中の意見は筆者の私見であり、法人としての公式見解ではないことをお断りしておきます。
小売業における商品は、最終品として消費者にとって身近なイメージがありますが、一言に「小売業」といっても様々な業種・業態があり、それぞれ特徴も異なります。本稿では、シリーズのねらいに沿い小売業全体の概要をつかみ、業態ごとの会計処理・内部統制の特徴を解説します。
小売業における収益獲得パターンには、次のようなものがあります。
商品販売...仕入形態により買取仕入、委託仕入、消化仕入(売上仕入)
賃貸収入...店舗の一部賃貸から生じる固定家賃や売上歩合家賃
商品販売は企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」(以下「収益認識会計基準」という。)が適用されるのに対し、賃貸収入が企業会計基準第13号「リース取引に関する会計基準」(以下「リース会計基準」という。)のリース取引に該当する場合、収益認識会計基準ではなくリース会計基準が適用されることになります(収益認識会計基準第3項(2))。
取扱品種の多い小売業では、棚卸資産の評価方法として売価還元法も一般的に利用されています。
集客力を向上させるような魅力ある店舗を備えるため、また店舗拡大と閉鎖はその事業戦略に直結するものであるため、次のような取引は比較的頻繁に行われています。
会計上、資本的支出及び収益的支出の判断を行うほか、リース取引により調達した場合には、リース会計基準に従い所有権移転・移転外ファイナンス・リース、オペレーティング・リースに分類を行い、会計処理を行うこととなります。なお、2023年5月に新リース会計基準(案)が公表されており、公開草案においては、国際財務報告基準第16号「リース」と同様に借手のすべてのリースを原則オンバランスすることが提案されています。
顧客の囲込み戦略として広くポイント制度が利用されています。ポイント制度とは、販売金額等の一定額をポイントとして顧客に付与し、一定時点から(場合によっては一定期間内に)当該ポイントを現金同等物として利用可能とするものです。各小売業者により制度の詳細は異なりますが、自社カードを発行し、ポイント管理と同時に顧客情報を管理する仕組みをとる傾向にあります。
多種多様なポイント制度があるため、ポイントの取引パターンを理解することが重要です。例えば、商品販売時にポイントを付与するものであれば収益認識会計基準の対象となりますが、アクションポイント(来店ポイント、カード会員入会ポイントなど)の場合は、商品販売時に付与するものではないため、「企業会計原則注解」(注18)に沿ってポイント引当金の計上要否を判断することになります。
(4)と同様に、商品券(ギフト券、クーポン券含む)も広く利用されます。商品券とは、小売業者の発行する広義の有価証券であり、保有者は券面金額に相当する商品等の提供を受けることができます。発行者には小売業者のほか、協同組合、グループ企業などが挙げられます。
自社商品券を発行し返還不要な前払いを受けた場合には、契約負債として前受金等を計上し、利用時には売上として会計処理することになります(企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」(以下「収益認識適用指針」という。)第52項)。また、発行した商品券は全て利用されるとは限らないため、利用が見込まれない部分について、利用パターンに応じて商品券発行時から比例的に収益計上していくことになります(収益認識適用指針第54項)。
仕入先から各種リベートを受け取ることがあります。リベート取引は、名称の如何を問わず、リベートが商品の仕入れ総額や数量の多寡等に応じて行われるのであれば仕入価額の一部減額又は返金として仕入価額から控除することになると考えられます。一方で、仕入先の販売政策に従ってリベート金額が定められていたり、仕入先のためのキャンペーンカタログの作成費用等を負担したりしており、その内容が実質的に販管費の負担であれば販管費の減額として会計処理することになると考えられます。
小売業においては、特殊な販売形態としてギフト商品販売があります。その典型として中元・歳暮の販売が挙げられます。中元・歳暮等は、確実な商品送付及び囲込み戦略の観点から、事前に注文を受け対価を受領し、時節の時期に特定の送り先へ物品を引き渡すような販売形態です。
収益認識会計基準では、企業が商品を販売し、一時点で履行義務が充足される取引については、資産に対する支配が顧客に移転する時点で収益を認識します(収益認識会計基準第35項)。商品販売においては、商品の支配が顧客に移転する時点を検収時点と判断されることが考えられ、通常、中元・歳暮の事前注文を受け、対価を受領した時点においては収益を認識せず、契約負債として前受金を計上することが考えられます。なお、商品の国内販売において、支配移転時点を検収時点と判断した場合であっても、出荷時から検収時までの期間が「通常の期間」である場合、出荷基準による収益認識が容認されます(収益認識適用指針第98項)。「通常の期間」は、取引慣行ごとに合理的と考えられる日数である場合をいうとされており、国内配送では数日間程度と考えられます(収益認識適用指針第171項なお書き)。
近年では、情報技術の革新や政府のキャッシュレス推進戦略等により、クレジットカード決済やQRコード決済などのキャッシュレス決済比率が増加傾向にありますが、依然として現金による決済比率は全体の6割を超える状況となっています(経済産業省ホームページ「2022年のキャッシュレス決済比率を算出しました」)。また、最終消費者へ直接に販売する小売業では、商品の直接引渡しを主とするため店頭には商品が陳列されます。このような環境下において、従業員は日常的に現金及び(高額)商品を取り扱うことになりますが、これらの動産は持ち運びが容易であるため、現金・商品の盗難等のリスクは高いといえます。
ゆえに、レジ、店頭、バックヤードの管理に留意し、従業員の入退店、現金の持ち運び、集金等に厳格な定めを設け、リスクを防止・発見できるような内部統制上の仕組みが必要です。
商品券は、発行されるまではただの紙切れでしかありませんが、発行されたときからいわゆる有価証券としての価値が生じることとなります。ゆえに、従業員等により不正に商品券が発行されないよう、発行方法の定めや商品券番号を台帳管理するような内部統制上の仕組みが必要です。
わが国の百貨店は、三越をはじめとした呉服店から発展したものと、阪急など電鉄資本によるものが主流をなしています。経済産業省の商業統計上、①従業員が常時50人以上の商業事業所で、②衣食住の商品群の各販売額が小売販売総額の10%以上70%未満であり、③セルフサービス方式に該当しない商店が百貨店として分類されています。
百貨店の取扱商品構成としては食料品が29%、衣料品が27%、雑貨が20%前後のシェアを占めており(一般社団法人日本百貨店協会「2022年12月 売上高」「最近の百貨店売上高の推移【2023/01/27更新】」「第2表 商品別売上高」の2022年1月~12月商品別売上高を筆者集計)、他の小売業態とは、「都市立地」、「ファッション性」、「非日常性」、長年の歴史・のれんからの「安心・安全」などで差別化を図っています。
第Ⅰ章 1. にて記載のように百貨店の仕入形態には次の3種類があります。
① 買取仕入
仕入先から商品を買い取る仕入形態です。仕入段階で仕入先の瑕疵がない限り返品はできません。百貨店は納入時から在庫リスクを負うことはもちろん、保管責任を負担することになります(完全買取という)。
なお、商品が売れ残った場合に実質的に返品が許される買取仕入形態もあります(条件付き買取という)。
② 委託仕入
仕入先から一定期間、商品を預りその販売を委託される仕入形態です。百貨店は在庫リスクを負担しませんが、保管責任を負担することになります。
③ 消化仕入(売上仕入ともいう)
百貨店の店頭において商品が販売されたと同時に仕入処理を行う取引形態です。百貨店の店頭に展示された商品であっても、販売されるまではその所有権及び保管責任は仕入先にあり、商品の販売価格決定権についても原則的に仕入先が有します。百貨店は通常、在庫リスクも、保管責任も負担しないことになります。
販売形態には大部分を占める店舗販売と店外販売の2種類に大別され、店外販売には外商や通信販売、EC販売などがあります。外商は、法人や特別の個人顧客先に訪問して販売する形態や商社的に法人と取引をする販売形態をいいます。
百貨店は、法人・個人など不特定多数の顧客の利便性追求を志向し、その回収方法は現金、商品券等の金券、QRコード、クレジットカード及び自社クレジットカード(以下「ハウスカード」という。)による掛売りなど多岐にわたっています。多くの百貨店がハウスカードを発行しており、カード会員の多い百貨店ではハウスカード売上の占める割合は高まっています。
百貨店の取扱商品は多品種かつ大量であり比較的短期で入れ替わるため、個別商品単位で原価情報を把握するとなるとその管理に膨大なコストがかかります。この点、商品には販売価額(売価)を記した値札(バーコード入りタグ)を付すことで発注から販売、棚卸まで売価にて終始一貫した商品管理を行うことができるようになります。このため、商品管理は値札を管理する店別、部門別、種類別等を単位とした売価により行っていることが多いといえます。
百貨店では高額品やファッション性の高い商品を取り扱うため、売り場の空間演出も重要な販売促進活動の一つとなります。そのため、店舗の改装の頻度が他の小売業態と比して多いことが特徴的です。改装は店舗単位で多額な投資が行われる大規模なものと、テナント単位の小規模なシーズンものがあります。
百貨店では自社グループでのみ使用できる商品券及び日本百貨店協会に加盟している百貨店で使用できる商品券(全国百貨店共通商品券)を発行しています。現金と引き換えに商品券を顧客に引き渡し、商品引渡時にこれを対価として回収するといった販売方法をとります。商品券の発行は、顧客の囲い込み戦略の一つです。
友の会制度とは、顧客が会員となって一定期間、一定額の積立てを行うと、満期時に積立総額に加えてボーナス分をプラスした「買い物券」を利用できる制度です。例えば、毎月10,000円積み立てるコースを選択した場合には、1年後に12カ月分の積立総額120,000円に加えて1カ月分のボーナス分をプラスした130,000円の買い物券を利用できることになります。友の会制度も顧客の囲い込み戦略の一つです。
また、友の会制度は、会員が友の会事業を営む会社に資金を前払いするという前払式特定業であることから割賦販売法が適用されます。そのため、友の会制度を営む会社は百貨店業を営む会社とは別の独立した法人において運営される必要があります。
① 買取仕入
百貨店のバイヤーが商品名、数量を発注システムに登録し、EOS等で仕入先に発注を行うと物流センターや店舗の検品所に商品が納入されます。納入された商品は検品所で物流担当者により検品がなされ仕入計上されます。
② 消化仕入(売上仕入)
売上計上されるとともに、予め仕入先と取り決められた仕入原価率に基づいてシステム上自動的に仕入計上される仕組みとなっていることが一般的です。
店舗販売では、顧客が購入商品を選択し、レジにて現金、商品券、QRコード、クレジットカード及びハウスカードにて決済が行われます。
外商販売では、外商担当者が商品を持参して顧客宅を訪問し販売する場合もあります。法人向けの場合は、商社的な取引形態が多く、仕入先から法人顧客へ直接納入する場合もあります。
閉店時の百貨店のレジ金合計は、①翌日釣銭用のレジ元金と②当日売上金からなります。
① 翌日釣銭用レジ金は各レジ所定の金庫で保管します。②当日売上金については、閉店後にPOS売上データと照合した上で納金機に入金し、商品券等は別途回収BOX等に保管します。納金機に入金された現金は翌日以降に警備会社の管理の下で銀行口座に入金され、商品券等は事務管理センターに送られ管理システムにより回収処理されます。
消化仕入では、商品が顧客に販売されると同時に仕入計上がなされるため、商品販売前に百貨店が商品を支配しているとはいえないと考えられます。したがって、百貨店は代理人と判断され、商品の販売代金と仕入代金の差額を手数料収入として純額で認識することになります(収益認識適用指針第40項)。
① 評価方法
百貨店では商品管理を売価で行っているため、棚卸資産の評価方法は、絵画や美術工芸品等の高額商品を除き、多くは売価還元法を採用しています。
② 評価基準
売価還元法を採用している場合であっても、期末における正味売却価額が帳簿価額よりも下落している場合には、当該正味売却価額をもって貸借対照表価額とするとされています(企業会計基準第9号「棚卸資産の評価に関する会計基準」(以下「棚卸会計基準」という。)第7項)。ただし、値下額等が売価合計額に適切に反映されている場合には、値下額及び値下取消額を除外した売価還元法の原価率(連続意見書第四に定める売価還元低価法の原価率)によって算定した期末棚卸資産帳簿価額は、収益性の低下に基づく簿価切下額を反映したものとみなすことができるとされています(棚卸会計基準第13項ただし書き)。
③ 評価に関するポイント
【売価等の変更が適切に行われているか】
売価還元法を採用している場合、算式が期末における適切な価額を反映していることが重要です。特にセール等での売価の切下げに加え、過去の販売及び廃棄実績等を勘案した一定の切下げ基準を設定するなど評価体制を整備する必要があります。
【原価率を算定する単位が適切か】
売価還元法は、値入率等の類似性に基づき棚卸資産のグルーピングを行い、棚卸資産グループごとの期末の売価合計額に原価率を乗じて期末の棚卸資産の価額を算定します。原価率は類似の商品ごとに算定することになりますが、より細かい単位で算定することで、実態を反映した期末の棚卸資産価額を算定することができます。
なお、百貨店業では複数の仕入形態がありますが、そのうち消化仕入については売上と同時に仕入処理が行われ棚卸資産として資産計上されることがないため、売価還元法の算定式に含めることは適切ではないと考えられます。通常、消化仕入の原価率は高く設定されていることから、消化仕入データを棚卸資産のグルーピングに含めた場合、原価率が実態より高く計算され、期末帳簿価額が過大計上となるおそれがあります。
自社商品券の発行時点においては、収益計上はなされず、契約負債として「商品券」や「前受金」等の勘定で処理され、商品引渡時に収益計上されます。
百貨店が自社でのみ使用可能な商品券(額面10,000円)を顧客に販売し、代金10,000円を受領した。なお、権利行使されなかった商品券相当額について顧客へ返金する必要はない。
(発行時の仕訳例)
顧客は商品券10,000円のうち、7,200円を利用した。
(商品引渡時の仕訳例)
発行した商品券の一部は、将来にわたって利用されない可能性があり、この顧客より行使されない権利を「非行使部分」といいます(収益認識適用指針第53項)。商品券の非行使部分については、企業が将来において非行使部分の権利を得ると見込むかどうかにより、下記いずれかの方法で収益として認識することになります。なお、非行使部分の権利を得ると見込むかどうかの判定にあたっては、変動対価の制限の定め(収益認識会計基準第54項及び第55項)を考慮することになります(収益認識適用指針第55項)。変動対価の制限の定めは、情報センサー2021年5月号にて解説されています(収益認識―取引価格を算定する | 情報センサー2021年5月号 企業会計ナビダイジェスト)。
*1(10,000円×10%)×7,200円/(10,000×90%)=800円
b. 非行使部分の権利を得ると見込まない場合
非行使部分の金額を見込むことができないと判断した場合、上記aのように権利行使パターンと比例的に収益を認識することはできません。この場合、非行使部分の金額については、顧客が残りの権利を行使する可能性が極めて低くなった時点で収益を認識することになります。例えば、非行使部分500円について、権利行使可能性が極めて低いと判断した場合、非行使部分500円を収益として認識することになります。
改装実施に際し、百貨店が売場の内装工事、陳列ケース等の広告宣伝用資産等について仕入先等から贈与を受けることがあります。固定資産の受贈を受けた場合、一般的に固定資産の取得原価を公正な評価額(時価)で計上し、営業外収益に固定資産受贈益を計上することになると考えられます(「企業会計原則と関係諸法令との調整に関する連続意見書」第三 第一 四 5)。百貨店側は資産を譲り受けることで受贈益を計上できるだけでなく、改装時に百貨店の判断で廃棄・移動することが可能となるといったメリットがあります。仕入先等にとっても、固定資産の管理から解放され、また、法人税法上、広告宣伝の用に供する資産を贈与したことにより生じる費用に関する耐用年数の短縮化(耐用年数の7/10(5年を超えるときは5年))が認められるため、早期の償却が可能となるといったメリットがあります。
(固定資産受贈時)
(減価償却費の計上)
(注) 耐用年数10年、残存価額ゼロで計算。
百貨店業に係る特徴、業務の流れ、会計処理及び内部統制の特徴を中心に解説してきました。本稿が特に百貨店業界に会計、監査等の立場から初めて関与する方々の理解の一助になれば幸いです。
参考文献等
小売業