5 分 2022年1月25日
島へと通じる木造歩道橋

CEOが直⾯する喫緊の課題︓地政学的情勢がテクノロジー戦略に与える影響とは

執筆者
Courtney Rickert McCaffrey

EY Global Geostrategic Business Group Insights Leader

Geopolitical analyst and strategist. Creative methodologist. Proud feminist. Passionate about generating insights to help executives make better-informed decisions.

Oliver Jones

EY Global Business Development, Markets and Insights Leader; EY-Parthenon Global Government & Public Sector Leader

Passionate about providing outstanding support to governments and businesses. Deeply committed to excellence in public policy. Team builder. Mentor. Flexible worker. Loving husband. Father of three.

投稿者
5 分 2022年1月25日

EYが実施したCEO Imperative Studyから、地政学的リスクが⾃社のデジタル課題にどのような影響を及ぼすかについて、最⾼経営責任者(CEO)の理解と実態との間には大きなギャップがあることが分かりました。

要点
  • テクノロジーとデータをめぐる地政学的問題は、セクターや地域を問わず企業に影響を及ぼすトップリスクである。
  • CEOはテクノロジーとデジタルイノベーションが自社に及ぼす影響を認識する一方、それらに対して地政学的問題が与える影響を過小評価している。
  • CEOは鍵となる地政学的リスク4つを念頭に置きながら、テクノロジー戦略とリスク管理アプローチを検討する必要がある。

現代の社会において、地政学とテクノロジーは密接に絡み合っていますが、デジタルトランスフォーメーションに注⼒するCEOの多くが、地政学的情勢には十分な注意を払うことができていません。

EYが実施したCEO Imperative Studyによると、Forbes Global 2000企業のCEOの63%が⾃社に影響を及ぼす注⽬すべき動きの1つとしてテクノロジーとデジタルトランスフォーメーションを挙げています。しかし、CEOにとってのビジネス上の関⼼事ランキングにおいて、デジタルトランスフォーメーションはトップに位置付けられたものの地政学的情勢は最下位となり、ビジネス上の関⼼事で政治的リスクの管理をトップに挙げたCEOはわずか28%でした。

このギャップは注目すべき点です。テクノロジーへの対応やデジタルトランスフォーメーションを成功させるには、組織に影響を及ぼす地政学的リスクをCEOが⼗分に把握することが不可欠です。地政学的リスクは組織が成⻑できるかどうかに大きな影響を与えます。実際、EYのチームがパーパス主導型の成長にとって必須とした5つのテーマに、テクノロジーと地政学的問題が含まれています。

CEOが直⾯する喫緊の課題(CEO Imperative)シリーズでは、CEOが企業の未来を創る上で有用になる重大課題とその対応策について考察しています。その中で、未来を創る⼀環として、以下の4つの地政学的リスクに対処することを、テクノロジーとデジタルイノベーションに関わる戦略的優先課題として挙げています。

1. サイバーセキュリティ・リスク

サイバーセキュリティは、テクノロジーと地政学的情勢が相互に関連していることを端的に示す例の1つです。過日、世界の耳目を集めた⼤規模なハッキングは、⽶国政府の知的財産と機密情報を標的としたものとみられています。しかし、その影響は⽶国政府に対してだけでなく、はるか広範囲に及びました。攻撃者がハッキングしたのが広く利⽤されているソフトウエアであったことから、何万もの企業や政府機関の情報が盗まれただけでなく、別のハッカーも侵⼊できるバックドアの存在をも明らかにされたためです。

地政学的に引き起こされるサイバー攻撃は、サイバーセキュリティ、リスク管理、ならびにデジタルトランスフォーメーション戦略に多⼤な影響を及ぼす可能性があります。どの企業にもサイバー攻撃を受ける危険は存在しますが、サイバー対策とデータ保護システムを強化し、従業員のサイバーセキュリティへの意識を高めることなどにより、リスクを軽減できると考えられます。

2. 産業政策リスク

各国政府は、戦略的テクノロジーの自給率の向上に産業政策を用いることが増えており、地政学的競争の激化を引き起こしています。例えば、米国ジョー・バイデン大統領は、デジタル技術に不可欠な大容量バッテリー、半導体、鉱物原料などの国内生産の拡大とサプライチェーンのレジリエンス(回復力)の向上に力を入れています。中国政府も、主要なテクノロジーの内製化に優先的に取り組み、半導体の国内生産に奨励策を講じています。またEUでは、域内のデジタルトランスフォーメーションの強化を図ることを目的に、新たな半導体の生産目標を設定し、2025年までに世界初の量子コンピューターを開発する計画と、5Gインフラの拡充への支援とを決めました。

各国政府は⼀部の産業については国内市場への外国企業の進出を阻む措置を講じており、企業はこれに対処する必要があるかもしれません。また、5Gやインターネット、その他のテクノロジーの規格を巡って競合が激化し、このために経済の細分化とネットワーク化が進み、グローバルなデジタル経済を実現できなってしまう恐れがあります。

企業は、このようなさまざまなネットワークをまたいでも事業を問題なく運営する能⼒が求められると同時に、CEOは、テクノロジーの規格の違いにより生ずる競争により、業務コストが上昇することをあらかじめ想定しておかなければなりません。

3. テクノロジーに対する規制の変更

テクノロジーセクターでは新たな規制などが各国政府から課されていますが、オーストラリアでは最近、ニュースサービスなどを提供するデジタルプラットフォーム企業に対してニュースコンテンツを提供する企業に代⾦を⽀払うことを義務付ける法案が可決され、中国では規制当局が⼤⼿フィンテック企業への圧⼒を強めています。また、EU政府は追加のデータ保護規則の策定を検討しているほか、独占禁⽌法に違反した⼤⼿テクノロジー企業に引き続き制裁を科しており、⽶国では、デジタルテクノロジー企業のさらなる企業統合の抑制を⽬的とした、独占禁⽌法案が複数提出されました。他に、経済協⼒開発機構(OECD)が主導する国際租税改⾰を巡る機運も⾼まっており、この改⾰では、デジタル課税の新たな規則の調整も行われる見通しです。

経営層も、少なからずこうしたリスクを認識しており、回答者の46%は、データプライバシーとデータローカライゼーションに関する規制が今後12カ⽉間の最⼤の懸念事項であると回答しました。さまざまな国や地域でデータローカライゼーションとデータプライバシーに関する規則が導⼊された場合、多くの企業では国境を超えたデータの移動や共有がこれまで以上に難しくなるでしょう。個⼈情報や消費者情報など、データを幅広く利⽤する分野の多国籍企業のCEOは、これらの規制により特に影響を受けることを意識しなければなりません。

4. 地政学的戦略上の競争の激化

最後に、テクノロジー企業であれ、⾮テクノロジー企業であれ、テクノロジーが⽶中間における地政学戦略上の競争の中⼼にあることを、CEOは念頭に置いておかなければなりません。⽶国は戦略的テクノロジーに対する輸出規制を拡⼤し、通信業と半導体産業において中国企業の⽶国市場への参⼊を制限しています。また、バイデン政権はこのような中国との戦略的競争を利⽤して、⽶国が後れを取っているとみられる分野でのイノベーション推進のための投資を促進しており、その最も顕著な例が、5G無線ネットワーク、AI、クリーンエネルギーです。

テクノロジーセクターにおける政治リスクが⾼まっているにもかかわらず、テクノロジー企業のCEOたちの間では、⾃社の事業にとって地政学的情勢がどれほど重要な意味を持つかが十分に認識されていないのではないかと危惧されます。なぜなら、今後5年以上にわたり⾃社が成⻑し続けるためには、地政学的リスクに対して初めて注意を向ける、もしくはさらなる注意を払うべきと回答したCEOが最も少なかったのがテクノロジーセクターであるからです。エネルギーセクターや製造業セクターと比較すると、地政学的情勢が及ぼす影響が重要と答えたテクノロジーセクターの経営層はわずかでした。

テクノロジー企業のCEOは、他セクターの地政学的リスクの経験や対応を参考にし、政治リスクイベントが事業運営とクライアントに及ぼす影響を低減させる方法を検討する必要があります。ここで⾔うクライアントとは、あらゆるセクターの企業が該当します。

CEO Imperativeの図

戦略的機会としてのリスク管理

CEOは、リスク管理⽅法の根本的な⾒直しにこれまで以上に注⼒するようになってきました。調査に回答した経営層の40%以上が今後3年間でリスク管理⼿法を⾒直す意向を⽰しており、これは変化・変更に属する質問に対する回答の中で、最も高い割合です。リスク管理を⾒直すにあたり、CEOが特に優先するのは、データを活⽤した解析(61%)と戦略に関わる外部リスクに対するレジリエンス(49%)でした。

また、幅広いリスク管理の拡充にあたっては、政治リスクを対象に加えることが喫緊の戦略的課題となっているものの、EYが実施した調査Geostrategy in Practice 2021では、幅広いリスク管理の⼀環として、政治リスクを定期的あるいは前向きに管理していると答えた経営層は、世界で4分の1を下回りました。

このような状況を踏まえ、企業が先進的なテクノロジーを自社へ導⼊する、またはデジタルトランスフォーメーションを推進する際に影響を及ぼすであろう地政学的リスクをリスク管理チームが適切に管理していくためには、以下に挙げる3つの対応が有効ではないかと私たちは考えます。

  • 評価対象とするリスクの一覧にテクノロジーに特に強く関わる地政学的リスクを取り⼊れ、定期的に分析を行うことは、政治的リスクの内容を把握し、事業において用いられるテクノロジーにどのような影響を与えるかを理解する上で非常に有効です。そのような分析の際には、全社的リスク管理(ERM)システムなどリスクダッシュボードにおいて、政治的リスクを地政学・国・規制・社会の各レベルでモニタリングする必要があります。
  • リスク管理チームがオペレーション関連チームやコンプライアンスチームと連携し、主要な国や地域でそれぞれ異なるテクノロジー関連規制基準が⾃社の海外拠点にどのような影響を及ぼすかを判断するような形で、⾃社のテクノロジーシステムの地政学的リスクに対するレジリエンスを評価することは、非常に重要な意味を持ちます。企業はその評価結果に基づき、グローバル化した事業のレジリエンスを強化するために、テクノロジーとデータのローカライゼーションを進めるべきかどうかの検討を行うこともできるでしょう。
  • CEOの3分の2以上がデータやテクノロジーへの⼤規模な投資を計画していますが、各部門の最高責任者であるCスイートと取締役会も地政学的情勢がその投資に及ぼす影響を把握していなければ、効果的にリスクを管理することはできません。このため、Cスイートと取締役会がそのようなリスクの把握と管理に積極的に関与することは重要になり、そうすることによって経営陣は、テクノロジーに関する意思決定において政治リスクを考慮することが戦略的に有意義であることを体験し、理解を深めることができます。

 

サマリー

地政学的競争の中⼼となっているのはテクノロジーであり、新型コロナウイルス感染症の拡⼤で、仕事と⽇常⽣活のオンライン化が進むにつれ、この傾向は強まっています。しかし、テクノロジーと地政学的リスクとの関連性について、グローバル企業のCEOの理解と実態との間には大きなギャップがある場合が多いのが現状です。リスク管理⼿法を現在⾒直しているCEOは、政治リスクの分析を組み込むことでこの問題に対処できるでしょう。

この記事について

執筆者
Courtney Rickert McCaffrey

EY Global Geostrategic Business Group Insights Leader

Geopolitical analyst and strategist. Creative methodologist. Proud feminist. Passionate about generating insights to help executives make better-informed decisions.

Oliver Jones

EY Global Business Development, Markets and Insights Leader; EY-Parthenon Global Government & Public Sector Leader

Passionate about providing outstanding support to governments and businesses. Deeply committed to excellence in public policy. Team builder. Mentor. Flexible worker. Loving husband. Father of three.

投稿者